「試験、どうだった? 苦手な科目ある? 赤点間違いないとことか」
「…英語」
「教えてあげるからおいで。語学は得意だ。私は英仏2か国語イケる」
「フランス語はいいです」
「そりゃそうだ。じゃあ、お母さんに替わりなよ。君も今日から試験休みだろ? 私ももう夏休みだ」
「え…な…何て言うんですか? 母に?」
「替わればいいよ。あとは任せろって」
なし崩し的に僕は抗う気力もなく、子機を持って再び階下に降りた。
「ねぇ、寺岡さんがお母さんに替わってって」
「え…あら」
電話機を渡すと、母親は嬉しそうに電話に出た。
「はい…はい…ええ…そうなんですか? ああ…まったく…そうですねぇ…ええっ? そんな申し訳ないです! いえ! それはこちらで…まぁ…いえ…そうですが…あっ……はい…ええ…そういうことなら…ほんとによろしいんですか?」
母親が電話口から口を離して、いきなり僕に聞いた。
「英語、赤点?」
「まぁ…ね」
「寺岡先生が見てくれるって…それと…語学と脳の関係を見たいって。私はいいけど…裕はどう? 学術誌に論文出すって」
「いいけど」
「これからしか時間ないんですって。今後はまた定期的に時間取るって。泊まりになるけどいいかって」
「…わかった」
母はまた電話に戻った。そして、よろしくお願いしますと電話口で深々と頭を下げた。そして僕に電話を替わった。
「まぁ、まだ7時半だし。いいでしょ。英語の教科書持って◯×駅まで出ておいで。駅前で車で待ってる」
「あ…はい」
「着いたら電話してね、じゃあまた後で」
電話が切れた。どんな手を使ったのか、後で寺岡さんに問いただそうと思った。またあそこに行くのか。なんだかつっかえ棒の取れてしまった僕は、この後に及んでどうでもいいとさえ思い始めていた。寺岡さんちで外泊…不穏な予感しか無いけど…と思いながらも、僕はどうでもいい中で英語の教科書をカバンに詰めていた。



