僕を止めてください 【小説】





 その夜は家に帰っても快感の残り火のようなものが消えなかった。仕方が無いので、慣れない自慰をするしかなかった。自分の性欲がうっとおしい。脈打って熱を持つ固いペニスも好きになれない。彼に貸してもらった写真集の縊死のページを開く。いろいろな自死の中で、この写真がいちばん心が震える。そのことと僕が頸動脈圧迫でイクのと関係があるのだろうか? だが、どうにかして自分で自分を頸動脈で落とす方法を見つけないと、僕は“独りではイケない”という深刻な問題を抱えることになりそうだった。握った自分のペニスをやはり生々しく感じて、その違和感で、気持ちいいのにどうしても決定打が出ない。絞めてもらえば10秒足らずで触りもしないのに射精できる自分と比べて、この不自由さはいったい何なんだろう?

 僕はため息をついた。

 自分が自分の身体を無意識に無視してたのはこれをどこかでわかってたからだ。だから僕はいままでずっと“眺める者”だったのに。観察者には視点があればいい。自覚的な肉体は要らない。それをあの司書…名前なんだっけ…は僕に自覚させてしまった。自分が肉体という生きた容れ物に入っているということを。やっかいだ。もう一度無視しようとしても、この容器は勝手に呼びかけてくる。それも無視できないほどの大声で。迷惑な話だ。僕は生きてるものに、たとえそれが自分自身の肉体でも興味がないのだ。