僕を止めてください 【小説】





 夕飯の後、自室で本を読んでいると、再び母が子機を持って部屋に入って来た。

「寺岡先生からよ。さっきは夕飯で話が途中だったからって。長くなるならこちらからかけ直しますって言いなさいよ。わかった?」

 寺岡さんはすぐに掛け直さなかっただけだった。いつもの余裕ある行動にため息が出た。またいつもみたいに押し問答になるのかと、話す前からちょっとうんざりした。

「わかった」
「はい、終わったら持ってきてね」
「うん」

 机の上に子機を置くと、母がドアを閉めた。仕方なく保留を解除して耳に当てた。

「はい。僕です」
「やるねー裕君。途中で切っちゃえるんだぁ。ちょっと見直した」
「ええ。すみません。僕が小島さんに電話しないのは決めてますから」
「その話じゃない。上手くそらすね。君、思ったより策士?」
「えっと…何の話ですか?」
「戸籍見に行ったんでしょ」
「はい。さっき話しましたよね」
「…なにがあったの。小島君だけじゃない。お母さんも心配してる。それを話せるのは…私だけ。違う?」

 自信に満ちた、しかも優しさにあふれた口調で寺岡さんは僕を懐柔しに掛かった。言われた通りであるがゆえのとても居心地の悪い感覚に、僕はこの会話をクローズの方向に向けた。

「だから…なにもないです。小島さんの想像は外れてましたよ。ああ、それ言うの忘れてました。結果的に寺岡さんにかけ直してもらって良かったです。僕の両親はほんとの親でした…って、すみませんが、小島さんによろしく伝えておいて下さい。ではありがとうございました。これで…」
「あっそ。言わないんだ」

 僕はもういいかなと思ってきた。早く切らないと僕は…いや…そんなこと望んでいない。

 チラッと自分がどこかで望んでいることが自分にバレそうで、僕はそれを圧殺した。強行突破だな、ここは。

「切りますね」
「お母さんに言うよ」

 間髪入れずに寺岡さんが放った言葉に僕は凍った。

「…なにをですか?」
「戸籍見に行ったって」

 寺岡さんは奥の手に出た。これだからこの人は始末が悪い。例の病院の副医院長先生に僕は同情した。電話強制続行。もういい加減にして下さい、と言いたくなった。