僕はしばし虚脱したように書類を眺めていた。書いてある文字の少なさに比べ、この異様なほどの衝撃的な事実の羅列と情報量に僕は途方に暮れた。母の記述を最後まで読んだ時点で、パズルの鍵の在処など、どうでも良くなっていた。簡潔に言えば、僕の両親が相次いで死に、僕は父の兄(今の父宏行の生年月日は、実父知行の生年月日の3年前だった)に特別養子としてもらわれた。ただそれだけだ。ただそれだけ。ただ…それだ…け…
ゆっくりと気が狂っていきそうな変な感じが身体の中に満ちていた。遠近感とか現実と虚構の違いとかが曖昧になっていて、僕はいったいどこに居るのか、とか、なにをしているのか、とか、そんなことをとりとめもなく頭の中で自問した。本当に少し錯乱していたのかも知れない。佳彦に扉を開けられて眠れなくなった時に似ていたが、しかしその狂気はもっと尖っていた。今感じているこの感じは、まるで夢の中の出来事のように、自分の存在すら曖昧な感じでしか認識できなくなっていた。何分くらい書類を眺めていたんだろうか。よくわからなかった。
しかしその放心状態が少し治まってきた頃、僕はあることに気づいた。それはやはり、母の記載の最後の行に書かれてあった死亡年月日についてだった。
母の死亡年月日が僕の誕生日の…前日…?
それが指し示しているものは、この世界では有り得ない時系列だった。普通なら、僕を産んでから、母が死んでいるならわかる。だが僕の母の死亡年月日は、僕の出生年月日と同じ年の1月16日の1日前、1月15日と記載されてた。僕が生まれる前に、母が既に死んでいる…これはどういうことなのか? この戸籍が間違ってるのだろうか?
僕は再び混乱した。既にショートしかけた僕の頭の回路では、その意味をそれ以上推察することが無理なようだった。それともこの母親も、僕の本当の母親ではないのか? いや、そんなことはあるわけがない。再婚も、養親も書いてない。それとも父が間違えて届出だのか…いや、戸籍係のミスだ。これが今までわからなかったなんて、杜撰な管理としか言いようがな……いや…違う。違う…もうパズルなんか要らないんだって。
もういい。僕は頭を横に振り、目を閉じた。その時、小さい裕が不意に呟いた。
(屍体から生まれたんだ、ぼくは)
それを聞いたとき、僕は忘れかけていた静寂が、一気に僕を包むのを感じた。



