「では、身分証、お借りします。少々お待ちください」
係の人は50代くらいの男の人で、身分証を確認した後で僕の顔をチラッと見た。そしてカウンターの奥に引っ込んだ。僕は係の人をずっと目で追ったが、すぐに他の役所の人たちに紛れて見えなくなった。僕は目を伏せた。自分の心臓の音が聞こえた。もし申請を取り下げられたら…と思うと、更に心臓の音が早くなった気がした。
「お待たせしました」
いきなり僕の耳に係の人の声が近くで響いた。ハッとして目を上げると、はい、こちらありがとうございました、と言って係の人が僕に身分証を返すところだった。僕は慌てて手を差し出した。
「では、こちらが除籍謄本です。750円になります」
「あ、はい」
気がつくと目の前のカウンターの上には、小さい裕が待ち焦がれていた書類がすでに置かれていた。あたふたと代金を支払うと、係の人は除籍謄本とそれを入れる封筒を重ねて僕に差し出した。この市役所は封筒はなにも言わなくても付いてくるものなんだな、と変なところで感心しているうちに、僕の手の中にその証明書が握られていた。それを認識した途端、僕の身体から力がフッと抜けた。僕はカウンターから離れた。
(これなの? これ、そうなの?)
(うん、そうだよ)
(よかった…)
小さい裕が囁く。でも、これからが本番だ。この中になにが書いてあるのか、だ。小さい裕、なにが書いてあっても良いんだね? 僕はもう一度頭の中で彼に尋ねた。
(うん。いいよ、いいから早く見せて)
(わかった。じゃあ、落ち着けるところへ行こう)
区役所の1階の広いエントランスにはソファが並んでいたのを思い出した。ここよりも人気が少ない。僕はまた吹き抜けに沿った階段を降りていった。



