「知らなかったの? あらやだ」
「だって本人言わないんだもん。新進気鋭までは知ってたけど」
「へぇ、意外と謙虚な人なのね。変なこと言って悪いけど、裕も倒れて病気になってもさ、辛いだけじゃなくて、こういう出会いがあって良かったわよね。不幸中の幸いっていうのかな。なかなか会えないわよ、そんな本書いてる大学の先生と」

 変態だけどね…と僕は心の中で呟いた。大学教授が変態的な事件を起こすっていうニュースや推理小説は事実だと、僕は寺岡さんを見ててそう思う。

 しかし、母親が寺岡さんに興味を持っていたと初めて知った。寺岡さんがあの才能でなにを言って懐柔したのかわからないが、その本が何の本なのか、少し興味があった。きっとあの部屋の本棚の中に入ってたんだろう。謙虚は無い。だが、分析力は僕も目を見張るものがあった。やっぱりものすごく頭がいい人なんだろう。小島さんのこと以外は。

「お母さん初めて会った時に名刺貰っちゃった。良かったら相談に乗りますよ、って言ってくれて。裕のこと、不思議な子だ、って言ってた。お母さんも心配でしょう? って。思わず、はい、って言っちゃったわ」
「相談、したの?」
「出来ないわよ、そんな初めて会っていきなり。向こうさんは社交辞令で言ってくれてるだけって思うじゃない。でもさぁ、裕がそこまで気に入られてるんなら…ねぇ」

 母親の、どうしましょ、困ったわ、というような顔を見ていたら、不意に例の宿題の件を思い出した。そういえばまだここに中途半端な謎が残っている。ツッコむのも引くのも曖昧な半端な違和感が。

 そして、戸籍。

 僕にとっては突飛な発想だが、でもまったく可能性が無いわけじゃない。確認してないわけだから理論上は有り得る話といえる。僕の親が果たして本当の親かどうか。このブラックボックスはシュレディンガーの猫のようだった。曰く、生きた猫と死んだ猫が重なっている状態のような。