次の日の午前中に母親が病院に迎えに来た。あまり元気ではなかった。僕のことで心配かけたのだと思った。休日なので診察は当直の先生がしてくれた。休み明けに予約を取ってまた来ることになった。

 昼過ぎに家に着いて、すぐ横になるかと聞かれ、そんなでもない、と答えると、母親は少しホッとしたみたいに見えた。ゴールデンウイークはまだ明日も1日残っている。家でおとなしく授業の予習をして過ごそうと思った。今日は世間は休みだが、隆は仕事に行ってるはずなので、夜に電話をしようと思った。寺岡さんに、連絡してあげなよ、と言われていた。

 遅い昼ご飯を母親と二人で自宅の食卓で食べた。食べながら母親が口を開いた。

「裕、あの方ね、ほら、大学の先生の」
「寺岡さん?」
「そうそう。昨日はあの先生と会ってたって聞いたけど?」
「うん。大学の進路のことで相談に乗ってもらってた」
「そんなことまでしてくれるの」
「うん。面白いんだって、僕が。いろいろ分析してもらってた。僕、脳の使い方が人と違ってるんだって。あと、感覚神経とかも」
「へぇ…そう。うん、そうかもしれないわね。言われると納得するわね。あの方はホントに親切な人よね」
「うん。いい人だよ」
「そういう時はちゃんとお母さんにも言いなさいよ。お礼も差し上げなきゃ。また裕を病院まで連れてきてくれて。ほんとに失礼になっちゃうわ。お宅で倒れたんでしょ?」
「そうだけど…お礼?」
「当たり前でしょ。今日の夜にでも取り敢えずお母さんからお詫びの電話しとくから」

 ホントのことは言えないので、そこまで気にしなくても…とは言えなかった。

「うん。わかった」
「頼むわよ。それにあの先生、若いけどそれなりに有名みたいよ。ネットで調べたら、大手の出版社から本出してらっしゃるし。新聞の書評にも“新進気鋭の社会学者の寺岡秀明さん”なぁんて書いてあってさぁ」
「そうだったんだ…知らなかった」

 どおりで、広いマンションに住んでるはずだ。余裕の高給取りというのは自慢じゃなくて事実だったわけだ。