あのとき佳彦が発していた殺意を、僕は思い出した。誰のものでもない、あれは僕に向けられるべき意志だったのだ。彼は怯んだ。それも理解した。社会的にそれは正しい行為だった。わかったから僕はもう会うのをやめたのだ。でも僕は置き去りにされた。あれから僕はずっと迷子だ。迷子であることが日常になりつつあって、僕はそれに慣れてきた。それだけのことだった。なぜか僕の頬に涙が伝った。

「傷ついたんだね…君は、その時に」
「わかりません…」
「でも、君がなんでそこが今日まで人任せになってたのかわかった気がする」
「なんででしょうか」
「彼を恨んでるから。彼に責任取って欲しいんでしょ? まだ、彼に殺して欲しいって…違う?」

 無責任…そうだ。頭で考えれば理不尽な言葉だった。だが僕はどこかで佳彦にそう思ってた。

「あんなにわかってるのに…あんなに僕達はお互いがどうすればいいかわかってたのに…それがこの世界では許されないから…仕方ないって思うけど…ひどい…」

 涙が止まらなかった。またここに帰ってきちゃった。またこの思いがここで待ち構えてる。佳彦の部屋で、最後にこうやって泣いた。僕はまだ泣き足りなかったというのだろうか。

「ああ…そうか。君は彼だけじゃなくて…この世界も恨んでるのか…」
「僕を殺しても犯罪なんかじゃない…僕は望んでたんです…死人を生き返して殺しても罪になんかならないのに…なるわけないじゃないか…!」

 僕は久しぶりに戻ってきたその感情に飲みこまれていた。ぼろぼろと涙が布団の上に落ちるほど、僕は泣いた。寺岡さんが立ち上がった。そしてベッドに腰掛けて僕の身体を引き寄せた。腕の中で僕をあやすように背中をさすりながら、寺岡さんは僕にこんなことを言った。

「どんな風に慰めていいのかわからないけどね…こう考えるのはどうだろう。君は傷つきながらもこの生きてる人たちの世界に居るうちに、小島隆という男と出逢って、彼の深い傷を通りすがりに癒やした…って。彼はそれで人生をもう一度取り戻せた。松田っていうサイコパスしか君のこと引きずり出せなかったし、小島隆は君にしか癒やすことが出来なかった。君もとても辛かったと思うけど、私は小島隆を大事に想ってあいつの傷を治してくれた君に、ほんとに感謝してるんだ…だからさ…私が替わりに君に謝るよ…ごめんね、裕君。大人は勝手だね…人生も…思い通りになんかならないしね。でも君がここで過ごした時間は…絶対に無駄じゃないんだよ」

 それを聞いて僕は声を上げて泣いた。まるであの時の隆のように。僕のことを憎んでいてもおかしくないはずの寺岡さんは、なぜかまるで母親のようだった。