「それは、確かにベクトルが不正確になりますね。じわじわ死んでいきたいんですか?」
「僕の昔の恋人がエイズになって、もうだいぶ悪いらしいんだ。フランス人だけど」
驚くような事実を寺岡さんは僕にさらっと話した。
「いろいろ…あるんですね」
「うん。なんかね。重なる時は重なるもんさ。すったもんだして別れて彼が帰国してから感染したって。付き合った頃は日本に留学してた。まぁ、もう10年以上前の昔話だけどね。同じ大学院でさ。1ヶ月前くらいに久しぶりに連絡があってさ。付き合ったみんなにお別れの挨拶してるらしい。あのエロくてセックスなしじゃ生きていけないような男が、今はもう誰ともセックス出来ないなんてかわいそすぎるから、私が行って最後に死ぬまでたっぷりエッチして、病気も貰って後追って死のうかなって…良いでしょ、日本からも離れられるし」
「まだ好きなんですか?」
「一度好きになったら、別れても嫌いになんかなれないね、私は。誰でもね」
「別れなきゃ良かったのに」
「そういうわけにも行かないの。人間関係ってのはね、相思相愛でもすれ違ったらどうにもならないんだって。壊れかけて回復して、またねじれて回復して、お互いがお互いを想ってて、それでもダメなこともある。言ったでしょ?」
「わかってるじゃないですか」
「君らのこと?」
「ええ」
「ぜんぜんダメじゃないよ」
「人から見れば、ですかね」
「生意気なこと言うようになったね、君」
「寺岡さんいなくなったら、小島さん、独りになっちゃう」
「君がいる」
「僕はいるようないないような存在です。生きてるの好きな小島さんには生きるの好きな寺岡さんが良いです。僕にはその共感が無いです。それって致命的です」
「だからさ、小島君がその気全然ないんだって。私は嫌われてる」
「そうでしょうか。心中で死にかけた時、隆は真っ先に寺岡さんに電話してました。信頼してるんだと思いますよ」
「ああ。そうね…あれはキツかったなぁ…久々に知らない男とワン・ナイトしちゃったもんなぁ」
寺岡さんはハハッと自嘲気味に笑った。その後無表情になってため息をついた。



