僕を止めてください 【小説】




「裕君、悪いけど、私と小島君のことは諦めてくれないかな。小島君、さっきまで一緒にいたけど、まったく一言も話もなかった。目も合わせなかった。仕事早いから帰るわ…って最後に言って、去ってった」

 すこし感情が納まったのか、寺岡さんはいつもと近い口調に戻った。いつもと近いとはいえ、かなり疲れた感じだった。

「小島さんは怒りっぽいんです。気に入らないこと言うとすぐにイラッとされます」
「知ってるけど」
「でもだいたいイラついてる自分の方に正当性がないって気づいてはいるんで、しばらくすると謝ってきます。その後はとても優しいです。激怒した時は怒りが収まるまでかなり時間かかりますが」
「ふぅん。そこまで怒らせたこと、出逢った時と今日以外無いからね」
「僕は最初から怒らせてます。この前はゴメン、ってよく言われました。だから、今日明日、というわけにはいかないですが、小島さんも反省中モードに入ってると思います。数日掛けて冷静さを取り戻し、そののち、謝罪、です」
「小島マニュアルだね、裕君の」
「ええ、観察と結果の反復性のあるデータに基づいてますから、一応有効だとは思います。僕以外に適応があれば、ですが」
「はは…そこ大事じゃん」
「まぁ、そうですが、基本的に人間のパターンはそれほどバリエーションはないんじゃないでしょうか」
「懲りずに私を慰めてくれてるんだね。諦めきれなくなりそうで嫌なんだけど。裕君は本当に優しいな。君を好きになればよかった。あのエロさならイケるよ私」
「やめたほうがいいです。優しいこと言ってるわけじゃなくて…論理的に矛盾してないだけです」
「十分だよ…十分だ」

 そういうと、寺岡さんは手を伸ばし、呆れたように僕の頭を撫でた。