僕を止めてください 【小説】




 暗い部屋で目が覚めた。僕はずっと眠っていたらしい。このベッドは自分の家のベッドではないが、どこだろうと左右を見ても、眼鏡もなく暗いこの場所を特定することが出来なかった。ゆっくりと上半身を起こし、辺りを見渡してみる。何時だろう。僕は…えっと…倒れたんだっけ? 寺岡さんの家で…ではここは寺岡さんの家のベッドなのか?

 目が慣れてくると、カーテンの外がぼんやり明るいことに気づいた。もう夜に違いない。窓の外は街灯の人工的な明るさだろう、仄かな明るさに白い床が見えた。表面がツルッとしてる。ベッドがやけに高い。これはもしかして病院のベッド?

「起きたね…」

 急に声がした。よく見ると、足元に誰か座っている。聞いたことのある声は、さっきまで一緒にいた人の声だった。

「寺岡…さん?」
「ああ、うん。気分、どう?」
「気分…普通です」
「それは良かった」
「今、何時ですか?」
「10時頃かな?」
「夜ですね。僕…また失神しましたか?」
「うん…したよ。ここ、例の病院。今回急で一人部屋しか空いてなかったけど。ま、ゆっくり話せるからいいか」
「連れてきてくれたんですか? ありがとうございます。いつもすみません」
「たいしたことなくて良かった。お母さんも来てたみたいだね。また明日の朝来るって。元カレが言ってた。小島君はちょっと前に帰った。明日仕事早いからって」
「そうですか」

 寺岡さんは椅子を持って、足元からベッドの横に移動してきた。僕の近くに椅子を置いてそこに座った。なぜここにこの時間に寺岡さんが僕を見舞ってくれているのかわからなかったが、なんだか違和感を感じなかった。

「寺岡さん…今日はありがとうございました」
「そう? お礼言われるの…変な感じ」
「とうとう…言っちゃった…です…小島さんに」
「ああ。言ったね。このタイミングでそれを言うかって…ぶち壊したはずの私が顔面蒼白でハラハラさせられたんだけど」
「すみません。でも、あの時、僕にサイン送ってくれたから」
「え…? なにそれ?」
「ほら、“これで完成だよ”って」
「それ…マジ…?」
「え? サインじゃなかったんですか? 僕、てっきり、ここで一気に全部の書き換えをするんだってそういうことだって…」

 寺岡さんはしばし唖然とした顔をしていた。そして僕をまじまじと見つめて言った。