僕を止めてください 【小説】




「どうせ切り札も何もかも全部切っちゃったんだ。もうなんにもございません。なにも出てこないよ。帰ったら? 裕君を送っていけば? なんでここにいるの? 私のうちから出て行けば?」
「寺岡さん…なんでそんな思ってもないこと言うの?」

 僕はたまらなくなって寺岡さんに問いただした。寺岡さんは抑揚のない声で答えた。

「完全に嫌われてるもん。もう復活の目はないでしょ。それくらいわかる。もうこの男のことは忘れる。どんだけ掛かっても忘れる。もういい。最初から無理だったんだからいい。取り返しのつかない失敗ってのがあるの、この世には。どんだけ好きでも結ばれないことがあるの。それだけだよ、裕君…終わりにしたい…早く終わってくれ…もう疲れた…」

 ソファの上でゆっくりと僕達に背を向けて、寺岡さんは胎児のように身体を丸めた。肩が震えていた。寺岡さんは声を出さずに泣いていた。

「小島君、君が死にたくなった気持ち、私はそれだけはよくわかるよ…だから早く消えて」
「わかった」
「隆…」
「送ってくぞ」
「寺岡さんのこと…ほっといたらダメだよ」
「いい。死ぬようなタマじゃねぇよこいつは」
「ダメだよ…だって…だって僕に関わったら…みんな…死んじゃうじゃないか…寺岡さんは死にたい人じゃない…だからほっといちゃ…だ…め……」

 急に息が止まり、言葉が宙に浮いた。
 視界が狭くなった。
 あれ…立ちくらみかな…僕…息…出来ない…ねむ…い…

「裕! 裕!」

 隆の声がした。それもすぐに消えた。僕の意識と共に。