「寺岡さん…ここで隆を怒らせるのは…良くないです」

 こんなことしても、隆が寺岡さんの言うことを納得するなどということはない、と僕は思った。寺岡さんは力なく口を開いた。

「いいんだよ…どうでもいいの…ありがとね、裕君。私は君のそういうとこが大好きだ。でももう早く自由になって好きなところに行くといい。大人の事情を汲むとか、大人の世話とか、もうしなくていいから」

 それを聞いて隆が逆上した。

「なんなんだそれは!!」
「そのまんまさ」

 怒らせても、寺岡さんは隆に言い訳もしなかった。寺岡さんの自暴自棄を初めて見た。だがそれは、彼という人間に、全く似つかわしくなかった。

「好きなのに…好きなのにどうでもいいんですか?」
「ははは…君は好きか嫌いかわからなくても、どうでもいいわけじゃないんだったね。もうね、全然勝ち目ないじゃない、君に私。ほんとにね、この3年間、ほんとに苦しかった。私は小島君の眼中にないってわかってたのにね。君に会ってみたいって言ったのも嫉妬からだよ。どんな子が小島君の心を掴んでるのかと思うと、どうしてもこの目で見て確かめたくなった。君を抱いてみたいなんて思ってなかったけど、そう言えば私が小島君のこと想ってるのがわからずに済むし。上手く行けば、君のことたらしこんで小島君から奪って捨てられるかもって。それに会って抱いてみたいなんて小島君が許すわけないと思ってたし。冗談だって言ってごまかすつもりでいたのに、そしたら小島君がOK出しやがった。バカじゃないの?って思ったよ。でも会ってみて君も小島君もお互い大事にしたいんだって気持ちだけよくわかっちゃってさ。恋人同士なんかじゃないのもわかった。それでも私は小島君のストライクゾーンの何万光年も外にいた。無理なのはぜーんぜん変わんない。でもね…この前から、君がその絶望的な可能性をつないじゃったんだ。その日から私はもっと苦しくなった。苦しくてね…もう我慢するの飽きちゃった…あはは…私元来まっとうに生きるのに向いてないの。頑張ったよ。小島君の無理心中の始末もきちんと着けたし。私がそれをやってることに気が狂いそうになったけどね。でもあのピンチに私を頼ってきた小島君が愛しくて愛しくて嬉しくて、気が狂いそうになってもやめることなんか出来なかったんだよね。ばっかみたい。でもこのねじれた状態をお行儀よくダラダラ続けている事自体にもう嫌気が差した。私は気持ちいいことだけしたい悪い子だからね。小島君に叱られてなきゃ、もっと悪いことしてたかも。でも小島君だから私は自分をつないだんだよね…ちゃんとした鎖でさ…それも今日切れた」

 不意に寺岡さんは言葉を切った。そしてとても遠い目をした。

「寺岡さん…」
「あの一瞬で惚れたんだ。それ以来小島君は私のナイトになった。君のことしか考えられなくなった。どんな悪党にも一生に一度だけ改心する機会が訪れる…私はそれを掴んだんだ。あの時の君の拳…痛くてイキそうになるほどね…私の魂に効いたんだ…とても深いところにね」