(相思相愛じゃない恋人はいるんでしょうか)
(いないよ)

 頭の中で昼間のあの時の寺岡さんの声が響いた。いつもと違う、暗くて鋭い寺岡さんの声、それが今ここで再び聞こえた。

「適当なんて…ありえない」
「冗談…よせ…」
「冗談しか言わないからね、私は」
「ああ…そうだよ…そうじゃねぇか」
「悪いね。今は例外の時間だ」
「どういうことだ」
「何度も言わせんな」
「わかんねぇよ」
「わかりたくないんだろ!?」
 
 寺岡さんが声を荒らげた。

「だって…こんなときに…なんでお前…そんなこと言うんだよ…」
「なんでだろうな。我慢できなくなった…そうだね…それだけだよ」
「どういうつもりだよ! よりによってこんな時によ! オカシイんじゃねぇか? お前は!」
「こんな…ときだから…オカシクなった…おかしくなっていいじゃないか? なぁ…もういい加減このままじゃいやなんだよ私はもうとっくに!!」

 寺岡さんはそのまままたさっきと同じようにソファに倒れた。

「好きだ…君のことが好き…わからなかったでしょ…わかるわけないよね」

 隆の手が拳を握っていた。その拳がワナワナ震えていた。隆はゆっくりと口を開いた。

「いまここでなんで言った…今はそれを言う時でも場合でもねぇはずだよな。別に誰がなに言ったって良いわ…でもな…いま…裕がデカい山場越えて…ようやく落ち着き始めたところじゃねぇかよ…お前は今日って日の、お前の、裕の、俺の努力を台無しにするつもりかよ…あぁ?」
「違うよ…これで裕君は完成だよ…小島君」
「どういう…意味だよそれは」

 隆にはわからないその意味を、僕だけがわかっていた。

 全部をいっぺんに書き換える。

 寺岡さんは結果を投げ捨てるような暴力的な速さでその方向に突っ走っていた。その勢いで僕の残り火は消し飛んでいた。もう、僕の中の耐え難い熱は、いつのまにかその存在を消していた。