僕を止めてください 【小説】




 縊死。

 白い…真っ白いロープ。
 屍体を飾る吹き抜けと
 優雅なカーブの階段。
 床に広がる黒い排泄物…

 佳彦の車の中で見た時の感覚がよみがえる。隣にマボロシが座っているようなそんな幻想すら浮かぶ。

 どうして…どうしてこれが…ここに…? 呪い…佳彦が…まだ…ここで…生きて…る…

「な…なん…で…なんでっ!」
「探したんだ…君のために」

 冷えきったようなその言葉を聞く間もなく寺岡さんの声が遠ざかる。いつもとおんなじ、静寂を突き放す僕の身体。イメージが錯綜してる。バラバラだ。いつもよりバラバラだ。自殺者との埋められない溝…僕は…ぼく…は…

 モノクロの写真の中で、彼が死の寸前に不意に微笑んだ。めまいのような感覚の後、その微笑みのイメージの中で、僕の下腹部に熱の塊が叩きつけられた。
 
 いつの間にか、鼻を押さえていた強烈なはずのミントの匂いが一切消えていた。

「匂い…寺岡さん…匂い…しない…しなくなっちゃった…」
「乗っ取られたか」
「くああっ!」
「裕君…こんなになるんだ」

 寺岡さんが呟くのがうっすら聞こえた。