「で、ここからが本題。裕君は自殺の画像からとんでもなく多くの情報を受け取ってイメージしてそれを構成して、なにかのビジョンを見ちゃってるわけだ。で、それが発作の原因になってる可能性が強い。その超人的な構成力を統合してるのが“匂い”という言葉で表されてるなにかなんだけど、私はそれがその他の用途に使われちゃってる脳の部分である“嗅覚野”だと推測するんだ。そこでだ。そのイマジネーション機能を働かなくするには、そこから嗅覚野の働きを遮断してやればいい。とはいえ、それを意識的に裕君に、遮断しろ、なんて言っても出来るわけはない。だけど、ここの機能は本来“匂いを嗅ぐ”ということに使われている部分なわけ。それじゃあ遮断は出来なくても、本来の働きをさせて、使用率をグッと下げてやることは出来るんじゃないかって、私は思ったんだ。でも裕君はその働きに対する意識が低い。これではいつものイマジネーション組が嗅覚野を従えてしまう。そこで、一計を案じ、記憶と結びついている匂いを嗅いで、記憶の想起と実際の匂いというセット仕様の働きを無理やり稼働させる。これによって裕君は意識的にその脳の領域を発作の方向から引き剥がすことが出来る! これは記憶と匂いの結びつきが強いという人間の脳神経学の特徴を利用した対策だな」
寺岡さんはそれを一気に語り、どうだ、と言わんばかりに腕と脚を組み直してニヤッと笑った。
「それがミントだ!」
ほぼ、勝ち誇っている寺岡さんだったが、その分析は推論にせよ見事だったので、僕は納得せざるを得なかった。寺岡さんには辛口な隆もさすがにここは納得な感じだった。
「なるほどな」
「わかりました」
「これは推論だからね。上手く行くかどうかはわからない。だから対策はもうひとつ。保冷剤で君のアレと下腹部を冷やす。対症療法的だけど、感覚の問題である以上、感覚に訴えるのはシンプル且つ速効性を期待できる…はず。保冷剤はうちのフリーザーの中にいくつか入ってるから、実験を始める前にセッティングしておこう…そして裕君、君はこれを嗅いでて」
そう言うと寺岡さんはミントオイルの瓶の蓋を開け、テーブルの上にあったティッシュを一枚取ると、瓶の口に付け、それを逆さにしてオイルをティッシュに染ませた。
「はい、これ、スーハーしててね」
僕はそれを受け取った。自発的に匂いを嗅ぐなんていつ以来だったか覚えていなかった。ティッシュを鼻につける。スーッとしみる匂いが鼻腔に充満した。ああ…歯磨き粉…思い出す。家の洗面所の鏡の前で鼻の穴に詰めた白いペースト。鼻の穴が両方白くなった。それが良かったのだ。なぜだろう。あ…
僕はそれをした理由をいきなり思い出していた。



