僕を止めてください 【小説】




「共感覚ってのは…なんていうか、1つの刺激に対して感覚が2つ起きるっていうやつで…普通はひとつだよね。色は目で見るもの。耳とか舌とかほかの器官では光は感知しない。でもね、なんていうのかな。具体的に言うと、音を聞くと、色がついて見える人がまれにいるんだよ。結構有名な音楽家とか。あとは、文字に色が見える人」
「あるのかよ、そんなの」
「あるんだよ、それが。あっ、味覚に形があるって言う人もいる。あのね、これは科学的にも研究されてるんだよ。脳科学者や、神経学者、言語学者なんかが研究対象にしてる。まだ、原理や原因をわかるまでにはなってないけどね。私の専門の文化人類学でも研究対象にしてる人もいるね。でもね、裕君の“音と熱”の共感覚は初めて聞くよね。これ、学会で発表するべきかもな」

 いきなり、知らない言葉が出て来て、それが自分のこととは到底思えなかった。しかし、僕にとってはそれは当たり前のことだった。意外だったのは、僕が言ってることが、正確には伝わってなかったということだった。というか、そのことが、他人には当たり前じゃなかったということを知らなかった。

「皆さん…そうじゃないんですね」
「うん。ないよ」
「小島さんには言ってたのに」
「わからんわ。あれはわかんねーわ。ここまで違うって思わねぇし」
「自分では当たり前だったので、他の人も同じだと思ってました」
「ねぇねぇ、親御さんは誰も指摘しなかったのかな?」
「ええ。そんなことわかるほど話してませんし」
「でもさぁ…どっかで自閉症とか疑わなかったのかねぇ。親御さん普通は病院に連れて行くでしょ」
「うーん…僕が覚えてないだけかも知れませんけどね」
「しっかし、よく、ここまで来れたなぁ。しかも結構難しい高校受かっちゃって」
「小さい頃から、本、読んでましたから」
「国語力かぁ。読解力あればそこそこ行くんだね。わかってたけど、改めて再認識するよね…」

 寺岡さんはそこに感心して頷いていたが、いきなり、あっ、と声を上げた。