寺岡さんの宿題をするために、僕は次の日の夕食後、後片付けの終わった母親に話しかけた。久しぶりに僕から話しかけられて、途中まで脱いだエプロンの隙間から母親は驚いた顔をしてこちらを見た。
「あのさ」
「えっ? なっ…なに?」
「聞きたいことがあるんだけど」
「はっ?」
急いで脱いだエプロンをぐるぐるに丸めて手につかみ、母親は目を丸くしていた。
「僕、小さい頃、病気とか事故とかで死にかけたこととかあったの?」
「なっ…なによいきなり?」
母親は明らかに動揺していた。僕は構わず続けた。
「病院の先生が僕に訊いたんだけど答えられなかったんだ。忘れてた。お母さんに聞けばわかるでしょ?」
正確には病院の先生ではない。大学の先生だ。
「そっそれは…あのね…あ…ちょっとトイレ行ってくる。ごめんね」
母親は慌ててトイレに籠った。トイレに行きたくて慌ててたのか、慌てたからトイレに行きたくなったのかは不明だった。動揺してトイレに逃げ込んだのかも知れない。少しして母親は落ち着いたような困ったような顔をして帰ってきた。
「ごめんごめん。間に合った」
母親は僕を見ながら食卓に座った。僕もいつもの母親の正面の席に座った。
「えっと…子供の頃のことね」
「うん。死にかけたこととか、意識不明の重体とか」
「なんでそんなこと聞かれたの?」
「失神したからでしょ?」
「先生、そう言ったの?」
「あんまり覚えてないけど、訊かれた」
「あら、お母さん先生には話したわよ。なんで今さら聞くのかしら」
母親は言わないつもりらしい。僕は追求した。



