「小島さん…言ってました。自分は、家族を捨てて出て行ったオヤジそっくりだ…って。俺はそんなふうにはならない、誰かを永遠に愛するって決めたのに、結局気持ちが萎えて、それを繰り返してるって。そう言って…泣いてました」

 もっと大事なことを言われた気がした…いつだったか…それは…。僕は想い出そうとしていた。隆が本気で泣いたのは…あれは…

「裕君? それ、いつのこと?」

 その声を聞いて、僕は思い出した。寺岡さんと初めて会ったときの、僕が伸ばした手が宙を切ったあの時を。

「僕が…伸ばした手を…隆は掴んでくれなかった…それは自分が行かないでくれって言って頼んでも出て行ったオヤジとおんなじだって…僕の手を取ったら…またあの苦しみに戻るのかって思ったら…僕を寺岡さんに預けて…隆は逃げられるって…でも隆は本当は僕の手を握ってやりたかったって…それはきっと…隆のお父さんも…きっとそう…思ったよって…僕…言ったんです…」

 何故か声が震えた。寺岡さんはしばらく黙っていたが、少しして口を開いた。

「裕君…多分それが彼を変えた最初の日だよ…それに君もきっと、あの日なにかが変わったんだと思うよ」

 僕はとても切ない気分になった。何か言おうとしても声が出なかった。寺岡さんは続けた。

「私はあの日面白半分であそこに行って、君も小島君も傷つけたって…ちょっと後悔していたんだ。でもそれでも…そんな行為でも…意味はあったのかな…なんとなく…救われた気分だ」

 そんなことを思ってくれてたのかと、僕は寺岡さんの言葉に驚いていた。僕は正直、寺岡さんのことがわからなくなった。

「こんな風にしか生きられなくても、いいのかな。私も…それから君も…」

 そのあと間もなく、僕と寺岡さんの話は終わった。電話を切った後も、寺岡さんの言葉が頭の中を巡っていた。

 こんな風にしか生きていけなくても。それでも僕は…まだ隆の隣にいてもいいのかな…と。それとも…そうでなくても…