「まぁ、前から心配はしてたんだよねぇ。大学教授って鬱多いのよ。おんなじこと言ってるんだ、そいつらとさ。医者にかかれって言ってたのにガン無視だよ、彼。言ったこっちゃない。酒のんでごまかしてもごまかせるのは自分だけですよ。周りにはバレバレだって」
「ほんとですか…僕、わからなかった」
「君といるときは良くなるんじゃないの? だから一緒に居たかったんじゃないかな」
僕の診察の付き添いで車いすを押しながら、寺岡さんはそんなことを言った。
「あの…」
「ん? なに?」
「ありがとうございます。忙しいんですよね、この時期」
「いいのいいの。私ね、小島君に借りを返すタイミングをうかがってたんだよね。これでチャラにしてもらいますよ」
「一体どんな借りだったんですか? 助けられたのにボコボコにされたって」
「あー、それねー。恥ずかしい話、私、痴話げんかで刺されてね。待ちぶせだよ、すごくない? まぁ、私がその男の恋人寝取ったのが悪かったんだけどさ」
結構ハードな話が出てきて、僕はちょっと驚いた。
「刺されたって…どこを刺されたんですか?」
「よけたんで、太ももに刺さった。なんかガーバーみたいなミリタリーナイフだったみたいでさ。サクッと刺さったよ。驚いたね」
「そうですね」
「んで、そこをたまたま同じ店で飲んだくれてた小島くんが通りがかってさ。陸自辞めた後だったのかな。その店ではたまに見たことあったけど話したことなんかなくて、知らないも同然だったのにね。見事だったよー。パァン、ってナイフ叩き落として羽交い締めにして、その間何秒? って感じ。まぁ、相手は特に格闘技なんかやってないみたいだったしね。わざわざ私のためにナイフ買ったんだって。あはは…モテるよね私って」
これは両方ともトラブルメーカーっていうのかも知れない。刺す方も刺す方だが、寺岡さんも刺されて当然と言えば言える。



