僕を止めてください 【小説】






 ところで寺岡さんは凄い人だった。神経科と精神科併設の病院の副院長(院長の息子)と知り合いで、僕達はそこに寺岡さんの車で搬送された。日曜日だというのに、切迫した顔の副院長先生が直々に診察して、その日に6人部屋に入院。さすがにインテリの人脈は違う。そんなことが良く出来ると僕は不思議に思ったが、後から聞いてみると、その副院長先生は寺岡さんの元カレで、寺岡さんに弱みを握られていた。

「どんな弱みかって? それは秘密だよ、裕君」
「そうですか」
「だって僕は誰にも言わないであげるから、っていう恩義をもって彼にいろいろ便宜を図ってもらってるんだよ? 言ったら人としてダメでしょ」

 もう、脅してる時点でダメだと思うが、僕もそれの恩恵に預かってたので、文句は言えなかった。

「君の親御さんに連絡するよ。自宅の電話番号教えてよ。明日にでもお母さんに迎えに来てもらおうか。うん、それがいいね。私は図書館の近くで君が倒れたって言うよ。たまたま通りがかって知り合いの病院に運んだって。同室の小島くんは赤の他人ですし、お互い無視してれば問題なし。良かったら、ここで知り合ったことにしてもいいよ」

 こうやって、寺岡さんの策謀の中で僕はまず先手を打たれたようだった。上手いなぁ…頭のいい人は違う。きっと何手も先を読んで行動してるに違いない。僕は感心した。心配だった小島さんの症状は、吐き気止めを点滴してもらっているうちに治まってきたらしい。それより驚いたのは、小島さんが鬱だった、ということだった。