母親はしばらく絶句した。あんまりしゃべらないので、僕はとどめになるようなことを言うしかなかった。

「自分が屍体になるよりいいでしょ?」
「あっ…当たり前よ!!」
「じゃあ、そういう方向で」
「裕…ちょっと…ちょっと待ちなさいよ」

 ようやく声を発した母親は、うろたえている様子だった。

「まだあなた中学生でしょ? 今からそんな狭い可能性で決めちゃっていいわけ?」
「狭いんじゃないよ。ほとんど可能性がないところをねじ込んだんだ。努力を認めて欲しい。母さんが死ぬなって言うのを守ってるだけだよ。屍体を自分で扱っていれば、僕が死ぬ必要がないって思えるかもしれないでしょ? ちゃんと社会で仕事していこうって思ってるんだから、評価してもらいたいな」

 母親は目を丸くした。そして低い声で僕に訊いた。

「裕…あなたまだ…死にたいって思ってるの…?」
「思ってる」
「なんで…」
「だから言ったでしょ。僕は死んでたんだよ。でもひょんな事で生き返されちゃった。だからもう一度あの静かな平和な死の世界に帰りたいんだ」
「なんなのそれ!!」
「ほら…わかるわけないよ。僕のことわかる人なんていないよ。でもわからなくていい。みんな生きてることが楽しいのわかるから。僕が死の世界のほうが安心できるのと一緒でしょ」
「どういうことなの…もう…頭おかしくなる」

 合理的な説明が欲しいのかと、僕は不意に思い出したことを話してみた。

「ああ、そうだ、僕ね、特殊な才能あるんだ。屍体がどう死んだかわかる。だからそれを生かすなら、葬儀屋ではなくて、法医学者とか監察医の方が向いてるかも。本読んで知識もあるし。本が好きなら勉強もいけると思うけどなぁ」

 母親の顔色が青ざめているようだったが、母親はそのままの顔で僕に言った。

「とりあえず…いまは驚いて考えらんないわ。時間が欲しいわね。落ち着かなきゃ…落ち着かなきゃ…あなたはもう寝なさい」

 寝るような時間じゃないが、母親は動転して、僕を寝かせようとした。眠ってしまいたかったのは母親のほうだろうな、と僕は思った。