僕は自分がそんなことを提案していいのかわからなかった。小島さんにとっては迷惑かもしれないのに。でもこれが今僕に出来るかすかなことだと思った。振り向いてる僕を小島さんは元に戻した。そしてもう一度、後ろから抱きしめ直した。

「裕…裕…お前…変わったよ」
「え…? なにがですか?」
「俺のこと考えてくれたのか」
「ダメでしたか?」
「いや…いいよ……でもちょっと考えさせろ…」
「はい。時間はまだ沢山ありますから…それと…あの…もうひとつ聞いていいですか?」
「な…なにを?」

 僕はどうしてもそれだけは聞きたかった。

「僕があの時…手を伸ばした時、小島さん頭抱えてましたよね。どうしてですか?」
「ああ…あれか…」

 小島さんは囁くように言った。

「あの手を取ったら…俺は逃げられないって…またあの苦しみに戻るのかと思ったら…でも俺はお前が泣きながら差し出した手を…握ってやりたかっ…」

 不意に僕の頭に小島さんの額が押し付けられた。

「ごめんよ…俺は…卑怯だ…あの時俺達を捨てて逃げた…オヤジと一緒だ…行かないでくれって言っても…出て行ったオヤジと…」

 そう言うと、小島さんは肩を震わせて泣いた。僕は小島さんの腕を握った。泣いている人をこんなに近くで見たのは初めてだった。悲しいものだな…と僕は初めて思った。

「それじゃあお父さんも…小島さんから行かないでって言われて、きっと…戻ってあげたかったんですよ」

 僕がそう言うと、小島さんは声を上げて泣いた。それはしばらく続いた。小島さんはいつから我慢してたんだろう。僕は、さっきの出来事のせいでわかることが出来た。

 少しだけ、その悲しみを。