梅雨寒の6月の雨の日曜日だった。僕はメールに添付された地図を見ながら電車を乗り継ぎ、小島さんとの待ち合わせに向かっていた。いつもなら迎えに来てくれたりするのに、その日は違っていた。
5月は後半が中間テストで、僕はしばらく小島さんの要望に応えられずテスト勉強に明け暮れていた。夜に時間があるときは数回は電話に出ることが出来たが、テストが終わって気がつくと半月以上小島さんの顔を見ていなかった。テストが終わったらすぐの日曜日に会おうと約束をしていたが、前日に地図を添付したメールが来た。小島さんは文字を打つのが面倒くさいと、メールをほとんど使わない。でもその日はいつものような電話ではなく、簡単な説明と地図。なんだかいつもと違うなと思っていた。
駅を降り傘を開き、駅前の雨の繁華街を抜けて地図のとおりに歩いて行くと、なにかデジャブのような景色が目の前に広がった。目的地の矢印はそこのビルの1階を指していた。
そこには黒いガラスの入った店のドアがあった。あの日その前に佳彦が立ったドアが。僕は傘を閉じてそのドアを押した。中はあの時と同じような音楽がかかり、薄暗い間接照明も長い廊下もそのままだった。
今日もきっと実験の日なんだ。
僕はそう思いながら長い廊下を歩き、突き当りのドアを開いた。
「ああ、こんにちは。久しぶりだね」
マスターが僕を見て手招きした。カウンターには誰もいなかった。
「小島に言われてる。こっちだ」
「ああ…はい」
僕は再び衝立の奥の部屋に案内された。



