「そういえば、決勝トーナメント出場決まったんだ?」
「ああ」
「おめでと。今年もインターハイ頑張ってね」

多分、森山君が聞きたいのは飯田君のことなんだろうな、って直感で思った。ただ単純に最近私と飯田君がどうなってるかを知りたいんだろう。でも、それを聞かれても話すことなんてひとつもない。あるのは私の不安と不満だけだ。そんなことを森山君に行っても仕方ないし、第一口が裂けても言うつもりはない。森山君は私の応援の言葉に頼もしくも「まかせろ」と頷きながら言ってくれた。インターハイでのバスケ部の活躍を応援しているのは本当だ。去年だって森山君が出るからと思って応援してたし、今年だって同じ。それに今年は、森山君だけじゃなくて勝って欲しい大きな理由が増えた。キャプテンとしても、プレイヤーとしても頑張って欲しいと思ってる。まずはインターハイに出るために予選を勝たなくちゃいけないけど、それだってすごく応援しているのだ。

「今年は決勝リーグ見に来るか?」
「去年は行かなかったもんね」
「1年の時も来なかっただろ」

1年生の時はまだ森山君はスタメンじゃなかったし、去年はクラスが違うからそこまで関わりは無かった。だけど今年は、森山君以外に見に行く理由があった。それに三年生の試合と言う事は、つまり飯田君と森山君のチームを見るという事だ。飯田君がインターハイに出ると強く誓っていたのは知ってる。それに今年はすごく有望な一年生も入ったらしいし、かなりいい線まで行けるんじゃないかともっぱらの噂だ(女子の子が離しているのを聞いた)。本心では、応援しに行きたいけど。

「私が行っていいのかな…」
「どう考えても来ていい立場だろ」

てか来たら駄目とかねーよ、と森山君は苦笑しながら言った。うん、そうなんだけど。なんて言うか、お互いの微妙な関係とメンタルの問題と言うか。二人にはばれないようにこっそり見に行こうかな。はるちゃんでも連れて…

「見に来るなら、荒川の友達連れて来てくれよ」
「え?」
「いつも一緒に居る超可愛い子だよ…そしたら俺超頑張れる」
「…なんか相変わらずですね」

それが十中八九はるちゃんのことを指している事は明らかだった(だってはるちゃん可愛いもん)。森山君は無類の女好きと言うか…いや、すごくいい人なんだけど…なんというか、それが無かったら完璧と言うか。イケメンなのにもったいないってはるちゃんも言ってたし。チャラい。チャラいよ森山君。

「まあ、とりあえず見に来いよ」
「…うーん…行こう、かなあ」
「ていうか来い。多分飯田も誘うと思うし」

それはどうかな、と思っても言葉には出さなかった。頷く代わりに森山君に苦笑いで返した。頑張って欲しいとは思ってるんだけどなあ。その気持ちに、勇気が付いていかないのだ。

「じゃあ、またメールする」
「うん。分かった」

がたんと席を立って、森山君が歩き出そうとした。が、その時ふと足を止めた。どうしたんだろうと森山君の向こう側を見てみると、そこにはジャージ姿の飯田君がいた。たった今ここについたらしい。何でここに居るかは分からないけど、一瞬心臓がどきりと動いた。

「飯田、どうしたんだ」
「いや…弁当箱持ってくの忘れた」
「なるほど、ドジ踏んだのか」
「うるせえ」

イラッとしたように森山君と会話をする飯田君。一瞬私を見たけど、すぐに視線を逸らされてしまった。ずきん、と心臓が痛む。私のことは、知らないふりなんだ。駄目だ、飯田君のせいで私は最近涙腺が弱くなったらしくて、気を緩めたら泣いてしまいそうだった。森山君と何か会話をして、そしてもう一を私を見る。その時飯田君は明らかに眉間にしわを寄せて不機嫌そうな顔をした。え…さすがにそれは、傷つくよ。

「見境なく女子に手出してんじゃねーよ」
「え、いや誤解だ!話してただけだから」
「お前、最近胡散臭さ増したな」
「今日はやたら言うな。胡散臭いは失礼だ」
「本当の事だろうが」

森山君にじとりとした視線を送る飯田君。あれ、今のってどういう意味なんだろう。飯田君に視線を逸らされたり不機嫌そう中をされたり、一瞬悲しくなったけど。何だかか飯田君が私のことを話してるみたいで、そう考えたら何故か沈んだ気持ちが元に戻った。視線をあげて森山君を見る。森山君は心外だとでも言わんばかりの表情で飯田君に言い返していた。でも、胡散臭いって確かに私も思うかも。二人の会話が面白くて思わず笑ってしまった。

「笑うな荒川」
「ごめ…でも、うさんくさいって…」
「お前ら揃って失礼だな」

可笑しくてひとしきり笑っている間、森山君は私と飯田君に抗議していた。面白いなあ、この二人。仲良いのがすごく分かる。笑い終えて、次は飯田君に目を移した。飯田君は私を見ていて、少しだけ驚いたような顔をしていた。え、何でびっくりされてるんだろう。

「飯田、どうかしたか?」
「…いや…つか、早く行くぞ森山」
「あ、ああ」

森山君は飯田君の言葉にまた足を動かした。廊下へ向かう途中、私の方を見てじゃあな、と手を振ってくれた。それに私も振り返す。私も、飯田君に言っていいかな。森山君から視線を逸らして飯田君を見ると、飯田君も私を見ていて。

「今日、一緒に帰るか?」
「…え?」
「いや、無理ならいい」

その言葉にすごく驚いて、一瞬気の抜けた間抜けな声が出てしまった。飯田君が、誘ってくれた。今までそんなこと一度もなかったし、今日だって目を逸らされたりしてむしろ嫌われてるのではないかと思いかけていたのに。無理ならいい、と飯田君の言葉を聞いて、思わずがたんと音を立てて立ち上がった。

「か、帰る!無理じゃない!」
「…おう。じゃあ教室で待ってろ」
「っ…、うん!」

飯田君はそう言った後、そのまま教室を出て森山君と一緒に体育館へ向かった。なんだか、次は違う意味で涙が出そうだった。飯田君が誘ってくれた。私のことを。嬉しくて嬉しくて、頬は完全に緩みきっていた。飯田君にいったいどういう風の吹きまわしだと聞きたくなったけど、飯田君と一緒に居るのなんて、すごくすごく久しぶりだから。放課後になるのがすごく待ち遠しかった。帰る時、たくさん話せるといいなあ。


そしてまた一つきみへの好きが増える