第8話(第1話 sequel )


「知恵こそが人類の存在を確かなものした」
 顔の半分が壊れ金属部分が露出しているその猫は『ユタ』と名乗り、人類についてそう断言した。自分という存在も人類の英知の最たるものだと語る。しかし、彼女が投げかけたアイデンティティたるものの問いにユタは固まった。そして、しばらくの沈黙の後、
「今の君には荷が勝ちすぎる回答になる。まだ早い」
 と答えた。それでもユタには名前があり、自分には何もないと食い下がると再び思考に入り回答を出す。
「では仮初めでも君に名を与えよう。アカネというのはどうか?」
「アカネ……、どういう意味?」
「夕日の如く赤く温かいイメージだ」
「……分かった。今はアカネでいい。でも、いつか本来の意味での私というものを教えてほしい」
「そうだな、時がくれば伝えられる範囲で伝えよう」
 即答されなかった点においてユタが何かを隠していることは想像できたが、それが何かは皆目見当もできずアカネは考えるを諦めた。名前の件を措き、現状把握が優先と頭を切り替えアカネは問いを重ねる。
「ユタ、ここはどこ?」
「ここは地球だ」
「それは判るよ」
「詳しい地名なら、日本の東京都八王子市という場所。正確にはそう呼ばれていた地域と言える」
「東京……」
 聞いた記憶の無い地名に判断のしようがなくアカネは戸惑う。会話に必要な基本的な単語は記憶にあり意思の疎通は苦にしないが、詳しい話に及ぶと全く理解できない。その様子を察してユタが助け舟を出す。
「今の君には知識が必要だ。そんな君に打って付けの場所を案内しよう」
 ユタはそう言うと亀裂の激しいアスファルトを軽快に進んで行く。アカネも足早について行くがユタの早さには到底及ばず、どんどん引き離されていく。荒れる吐息を必死に堪えつつ足を前に進めるが、とうとう限界がきてその場にしゃがみ込む。
「ユタ、早過ぎ……」
 呼吸を整えながらビルの方を見ると、鏡張りのショーウインドウが目に入る。ところどころ割れたり欠けているものの、自分の姿を確認できる程度の面は残っていた。肩で息をしながら鏡の前に立つとアカネは自分自身を確認する。
「これが私、アカネ……」
 目の前に映る女性は背が高く白色の民族衣装を着ており、長い黒髪が印象的で透き通るような白い肌をしていた。鏡に顔を近づけ自分の顔をまじまじと観察すると気になる点を見つける。
「赤と青?」
 くっきりとした両眼を鏡に近づけ確認するが、右目の瞳が鮮やかな青色で、左目は真っ赤な紅色をしている。
「キラキラしてて綺麗……」
 特段おかしいとも思わずアカネは綺麗な瞳を見つめ続ける。しばらくそうしていると足元にユタが現われる。
「こんなところで何してる? 早く行くぞ」
「早くって言ってもユタ早すぎ。少しは加減してくれないとついて行けない」
「そうか、それは済まなかったな」
 無機質で無表情な顔で謝られてもアカネの中ではしっくり来ず首を捻る。
「ああ、そうだユタ。私の両目綺麗でしょ? ホラ、見て見て」
「綺麗、か。まあそうだな」
「まあって何よ。つれないな~」
「いや、他意はないんだ。綺麗とはまた良い言葉が出たなと思ってな」
 意味深な言葉に疑問を抱くがユタは再び背を向け、質問を差し挟む間もなく歩き始めた。