第6話(side story 5)


 夕日が傾き公園内の灯りが点々と輝き始める。昼間は賑わっていたであろう園内は帰宅に急ぐ子供が数人見られる程度で、弥はその光景を微笑ましく見守っている。昼食を終える頃には緊張感も緩和され、そのままの勢いでショッピングへと移行した。特段の合意もなく自然と買い物やゲームセンターへとはしごし勇利もそれを楽しむ。そして今は公園のベンチに並んで座っており、今日の内容からするとどう考えてもデートで、現状も傍から見るとカップルとしか見られない。
 回顧しつつふと弥を見ると、視線を感じ取り弥も見返す。最初は緊張や照れがあり視線を逸らしていたが、今はお互いに目を見つめている。しばらくそうして見つめ合っていたが弥の方から口を開く。
「空条君、今日はありがとう。久しぶりにストレス解消! って感じになれたわ」
「そうですか、なら良かったです」
「空条君は迷惑じゃなかった?」
「全然、俺も楽しかったですし、罪滅ぼしと思ってましたから喜んで貰えたなら本望です」
「なら私も安心」
 笑顔を向ける弥を見ていると勇利の心拍数は上がり、つい手が出そうになる。口説けば敵無しの勇利だったが、弥に対してだけは臆病風が吹き、手も足も口も出ない状態となっていた。他の女性ならまだしも、教師に手を出すのはまずいという点もあるが、告白を拒否られ嫌われるのも精神的にかなりダメージが大きく、想像しただけでプレッシャーとなる。黙り込んでいると弥はおもむろに口を開く。
「綺麗な夕日。私はこの夕日を見るために生まれてきたのかもしれない」
「えっ?」
「なんて、大袈裟かしら? でもね、私は常々そう思うようにしてる。今日と言う日は二度と来ない大切な一日だもの。こうやって空条君と一緒に夕日を見れたことに感謝しなきゃね」
「先生……」
 戸惑う勇利をよそに、弥はスッとベンチから立ち上がる。
「さて、じゃあもう暗くなったし、帰りましょう。未成年を夕方六時以降拘束しちゃ教師の名折れだもね」
 時代錯誤とも言えるお堅い倫理観に反論しようとするが、弥の教師としての立場も理解でき勇利は素直に受け入れることにする。
「分かりました。じゃあ、また明日、学校で」
「はい、じゃあ良い子は寄り道せずに真っ直ぐお家に帰りましょう」
「まるで小学生扱いですね」
「あはは、まあ教え子っていう点では差異はないかもね」
「教え子か、まあそうなんだけど。一応、俺も男なんで複雑かな……」
 俯き加減に語る勇利を見て弥は首を傾げる。
「空条君?」
「あ、いえ何でも。じゃあ俺帰りますね」
「はい、気を付けて」
 ベンチの前で手を振りながら見送られ勇利は公園を後にする。そして、最寄り駅のホームまで来ると、今日の出来事を回顧しながら頭を抱える。普段の勇利なら絶好の告白タイムミングだっただけに、自身のヘタレ具合に自己嫌悪になっていた。

 翌日、普段通りの学園生活に入り弥も普段通りにハイテンションで生徒たちと触れ合っている。今のような姿を見ると自分のことを特別視しているようにも思えず、昨日のことをデートと思い自惚れているのは自分だけなのではと疑心が膨らんでいた。
 昼食時間になってもモヤモヤは晴れず、いつものように学食へ向かう。溜め息交じりに好物の塩ラーメンを食べていると、隣の席にカレーライスを抱えた弥が唐突に現れる。
「こんにちは、空条君。隣いい?」
「こ、こんにちは、どうぞ」
 予想外な出現に勇利は内心戸惑う。
「空条君はいつも学食?」
「はい、だいたいそうですね。先生は違いますよね? いつも教室で弁当食べてるみたいだったから」
「うん、今朝は寝坊しちゃってね。お弁当作れなかったのよ。ま、たまには学食っていうのもアリかなって思って今に至る」
 昨日のときとは違い教師の顔をしている弥に多少の距離感は感じるものの、それでもすぐ隣に居ると胸の鼓動は早くなる。自意識過剰を理解しながらも、校内のおいて弥が教師という立場から降りることもなく、自身のことを何とも思ってないだろうという考えが膨らむ。
 諦めの境地を抱きながら終始無言のまま食事を続ける。弥ももくもくとカレーを食べており、何を考えているのか分からない。弥のペースに合わせる形でラーメンを食べ終えると、同時に目が合う。
「ねえ、空条君、放課後ちょっと時間あるかな?」
「えっ?」
「ちょっと頼みたいことがあって」
 申し訳なさそうに頼まれるが勇利にとっては願ったり叶ったりで快諾する。放課後、呼ばれた資料室に向かい山積みとなっているダンボールを見て、勇利は言葉を失っていた。