第5話(side story 4)


 一週間前の日曜日、ペンダントの件を素直に謝った勇利を弥は笑顔で許した。正確に言うと、
「今度の日曜日に昼食を奢ってくれたら許す」
 と、怒り混じりの笑顔で言われたのが真相だ。そんなことで許されるのなら勇利にとっても有り難く、即答して頷いた。そして現在、勇利は待ち合わせの銅像の前で緊張している。
 これまで数多の女性を転がしてきた勇利が女性に対して遅れを取ったことはない。しかし、今から来る相手は勇利の攻撃を全て無効化する唯一の存在であり、素の自分で接するしかない。デートという訳でもないのに込み上げる強度の緊張感に、勇利は自分がかなり相手を意識しているのだ実感している。
 ペンダントの一件以来、弥には一切頭が上がらず、目が合うと自分の方から逸らしていた。この一週間は勇利自身が戸惑うくらい弥を意識しており、弥もそんな勇利の戸惑いに気づいているようだった。今回の昼食もサッとメシだけで済ませて帰るのが理想と考えており、長々と話していると君島菌に感染されるとも危機する。自身の心境の変化を理解しているだけに、これ以上弥との距離が縮まることを極端に恐れている。
 今まで他人に気を許したこともない勇利だが、中庭での件以来弥には全てをさらけ出せそうな気がしていた。その反面、自分をさらけ出した事で拒否されてしまう怖さが先走り、距離を置こうともしている。矛盾するような感情が芽生え、今の勇利には整理がつけられないでいた。犬の銅像の前で考えながらぶつぶつ言っていると、突然背後から抱きしめられてビクッとなる。
「うおっ! 誰だ!?」
「さて、誰でしょう?」
 声の時点で弥と理解でき、勇利のキャパシティは容易に崩壊する。
「ちょっと先生! 悪ふざけはやめてください!」
「あら~、失敬な。私は先生ではありません。上戸彩です」
「だから! 一秒で分かる嘘吐くなって!」
 銅像の前でじゃれ合う二人を、周りの人間は含み笑いしながら見ている。気が済んだのか疲れたのか、弥は背後から離れて勇利と向き合う。
「じゃーん、正解は君島弥でした!」
 当然の解答に呆然としながら弥を見つめる。しかし、今日の弥は学校で見ている普段の格好とは全然違い可愛らしい服装をしており一瞬時が止まる。ヘアスタイルも普段は団子で適当に留めているが、今日は下した黒髪ロングが印象的で女性らしさが前面に出ている。
「可愛い……」
 ボソッと本音を漏らし勇利はハッとする。
「え?」
「あっ、いや、なんでもないです」
「そ、そう……」
 突然気まずくなり二人の間に沈黙が流れる。横目でそれとなく見ると、化粧も学校のときとは違っており、実年齢マイナス十歳には見える。意外な光景に直面し意識しない方が難しく、勇利はこれから先の昼食ではきっと緊張し汗を多くかくことになるだろうと推察する。戸惑いつつも気になり見ていると視線が重なり、慌てて切り出す。
「あの、そろそろメシに行きませんか?」
「そ、そうね。じゃあ、お願いします」
 弥も緊張した様子で返事をするが今の勇利にはそれに気づく余裕もなく、予約を入れておいた店へ案内するためエスコートするように先を歩く。背後を無言で着いて来る弥の緊張感も手伝って、勇利の緊張感はさらに増していた。