第35話(第33話 sequel )


「私は勇利さんを失い世界の終わりを望んだ。そして、惑星の法則に従い人類は滅びた。私は地球を救うことなく、結局は大きな流れのまま宇宙の歴史は破壊と再生が繰り返されていく」
 失った悲しみの記憶を取り戻した弥は、真紅の双眼で黒い空を見上げながら自身に言い聞かすかのように語る。足元に佇むユタは黙ってその様子を見守っている。
「地球の存在意義を自身で確認するために人として降り立ったこの私が、人となったがゆえに地球の滅びを望み静観するとは。当初では考えられない事象だわ。なぜ観察者は私を止めなかったのかしら?」
「おそらくだが、観察者も地球の滅びを止めるべきではないという思いが根底にあったのでは? 弥の意見に賛同はしていたのかもしれないが、惑星の法則から外れる行為に抵抗があった。ゆえに滅びに舵を切った弥を敢えて止めもしなかった、と。若しくは、単純に弥の行動に全てを委ねていただけかもしれない。最初から介入するつもりなぞ無かったということかもしれないな」
「そうかしら? 壊れかけた猫型ロボットに勇利さんの記憶を植え付けて、記憶を無くした私を導こうとした時点で随分と介入してる気がするけど?」
「そうだな、まあ大いなる意思を持つ君たちの考えは私には到底理解できない。私は所詮、人が作りし人工物に過ぎないからな。地球が滅びると聞いても、ああそうかと思うだけだ」
「ユタ、本当に冷めてるわね。やっぱり勇利さんとは違うのね」
「ああ、私はあくまでも空条勇利の記憶を所持しているに過ぎない。弥の記憶を自然と呼び戻すための補助者、それ以上の命令も受けていなければ特別な感情も持ち合わせていない」
 無表情で淡々と語るユタを見て弥は微笑む。地殻変動が活発化し小規模な地震が繰り返される中、弥は無言で歩みを進めユタも黙ってその後をついて行く。

 しばらく歩いた後にやってきた場所は、ユタが最初に連れてきた丘。弥として降り立った『それ』が勇利と出会った山の跡だった。変わり果てたその丘の頂上まで来ると弥は静かに座る。
「ここが私が人としてスタートした場所。思い出の場所。地球の崩壊まであと数分、最期はここで迎えることにするわ」
「そうだな、ここは怪我をした弥を空条勇利が助けた場所だったな」
「そう、あの時この場所で勇利さんと出会ってなかったら、こんな結末にはならなかったかもしれない」
「後悔しているのか?」
「いいえ、彼に出会ったからこそ、私は人としての幸せや成長を実感できた。人を愛するということを学んだ。人として降り立たなかったらずっと気付けなかった感情だと思う。とても純粋でとても温かくとても脆い、でも美しく尊いもの。失って初めて知った、愛が地球の根幹だったのだと」
「愛を失い地球の存在意義も同時に失った君は地球の滅びを望んだ。愛する人を失うということと、地球の滅びがイコールとなりうるくらいの重いものだと君は言うのだな」
「そうね、勇利さんの居ない地球に存在意義を見出せないもの」
「たった一つの愛が、地球の存亡を決めるとは。何とも理解に苦しむ」
「そうかしら? 人の歴史を顧みても愛という名の元に戦が繰り返されてきたわ。国や個人と愛の形や大きさが違うだけで、人は自分の愛する者のために破壊と再生を繰り返していた。私は愛の一つの形を体感し人としての真理を知り、愛の終着を知った。いつか宇宙に終わりが来るように、永久の愛も存在しえない。ならば、自然と滅び行く地球を静観し望むのも真理。私が体感し抱いたこの感情の終着地点は愛の縮図とも言えるわ」
「君たち大いなる存在の考えに差し挟める意見などない。見ている場所も立場も違いすぎるからな。それに私は元々ロボットだ、地球がどうなろうと関係ない。ただ、空条勇利の意見を借りて言わせてもらうと、君の意見とは少々異なりそうだ」
 勇利の意見と聞き、弥は首を傾げる。
「貴方は勇利さんではないわ」
「ああ、私は空条勇利ではない。だが空条勇利の記憶はある。だから、彼を代理して私が彼の意見を述べよう。彼は愛について過去にこう言っている……」
 予想もしてなかったユタの言葉に弥の表情は真剣な顔つきに変わり息を呑む。
「初めて人を愛することを知った。初めて愛する人を亡くす痛みを知った。愛を、人を、愛して失うくらいならもう人は愛さない。そう思って生きていた。でも奇跡とも言える巡り合いの中で弥は帰ってきた。彼女に過去の記憶はなかったけど、やっぱり変わらず彼女だった。同じ歌に酔い同じ景色に心を奪われた。同じように笑い同じように怒り同じように愛してくれた。これからは生まれてくる最愛の子供と弥を命懸けで守っていく。例えこの身がどうなろうと命懸けで……」
 最愛の子供と聞き弥はハッとする。教員採用試験の結果発表数日前、体調不良を危惧し病院へ行き妊娠という事実が分かった。それを報告し共に涙し喜んだ夜が頭を過る。
「そ、そうだ、思い出した! 私の身体の中には勇利さんとの赤ちゃんが……」
「思い出したようだな。言わずとも、空条勇利の喜びや想いは察するに余りあるだろう。愛する者のため、彼は命懸けの覚悟を持っていたのだ。そして、おかしいとは思わないか? 今の君の身体は人間なのにも関わらず、滅びゆくこの地球環境において平然として生きていることに。推測になるが、観察者が君を守っているのではないのだろうか? 正確には君と君の中にある新たな命を……」
「それってつまり、私に人として生きろと?」
「大いなる存在の意思までは計り兼ねる。しかし、意味があるから今があると思わないか? なんの考えもなく、観察者が君を補助するとは思えない。冷静に考えれば私を君の補助者として遣わせた時点で、既に観察者としての領域を逸脱しているとも取れる。つまり……」
「つまり、観察者は最初から地球存続派!」
 二人が一つの結論を出した瞬間、地震の揺れが激しさを増しとても立ち上がれる状態でもなくなる。弥は這いつくばりながらユタに顔を近付ける。その両眼は真紅から蒼穹へと一瞬で変化していた。
「ねえユタ。私、どうすればいい?」
「どうと言われても、おそらくだが、君の中で既に結論は出ているのでは?」
「……なんでもお見通しってヤツ?」
「母は強しと相場が決まっている。そして、空条勇利もそれを望んでいる」
「そうね。ありがとう、ユタ。貴方のことは忘れない」
「どういたしまして。君と過ごした短い期間、私も有意義だった。君が人として幸せになれることを祈っている」
 出会った頃と変わらない無表情で語るユタだったが、心なしか笑顔を浮かべるように見えた。ユタから視線を切り真剣な表情で空を見上げると、弥は大きな声で宣言する。
「地球は銀河系に必要という判断を下す! 同時に時の逆行を申請する!」
 高々と宣言すると同時に、周りの景色は一時停止し弥は白い光に包まれる。そして次の瞬間、身体は光の速度で飛翔し宇宙空間にまで飛ばされた。