第33話(第25話 sequel )


「鋭いな、半分正解だ。正確に言うと私は空条勇利の記憶を所持しているロボットだ」
 勇利でないと言いつつも、記憶があると聞き弥は納得できない顔をする。
「記憶? それって勇利さん本人ってことじゃないの?」
「砕いて言うと、空条勇利が生まれてから亡くなるまでの記憶、記録をデータとして所持しているということだ。空条勇利として君の問いや想いに本人としては応えられない」
「なんでユタが勇利さんの記憶を持ってるの?」
「制限で答えられない」
「出た、決めセリフ。そっか、じゃあ勇利さんとお話しすることはできないのね」
「空条勇利が過去に語ったセリフならば再生できるが、思考して応答というのは無理だな」
「じゃあ、愛してるよ弥……って言える?」
「愛してるよ弥」
 無感情で再生され弥は自分の浅はかさを呪う。
「満足したか?」
「はい、ごめんなさい……」
 肩を落とす弥をユタは冷静に見つめており、その冷ややか視線が羞恥心に深々と刺さるが気を取り直し問い掛ける。
「いろいろと腑に落ちないことばかりだけど、私が人間じゃなくてその元大いなる存在とやらというのであれば、意味があって地球に来たのよね? 何のために不完全な人間になってまで地球に降り立ったんだろう。まさか、地球を滅ぼしにきた異星人?」
「制限で答えられない」
「……仮に私の考えが当たってた場合は制限解除される?」
「される」
「私は地球を救うために降臨した。ユタはその補助」
「答えられない」
 滅ぼすためでも救うためでもないと暗に回答され弥は首を捻る。地球で唯一残った生命体としてできることを推理してもそれくらいしか考えられず、ますます自身の存在理由が分からない。このまま時間が経過すれば地球が無くなることは間違いなく、その後の状況を想像するとゾッとする。
「このままだと、宇宙空間に私だけが残る感じにならない?」
「未来のことは分からない。ただ、君が人間でなくなり、元の大いなる存在として残るという推察はできる。宇宙空間で人間として居るメリットもなさそうだしな」
「人間として……、逆説的に言うと今私がここで人間として居ることに意味があるってことになるわね」
「そうだな」
「今の私に出来ること、人間として居る意味、そしてユタの存在。ユタは私の記憶を補助するために居ると言う。つまり、私の記憶が全て戻ったとき、地球の存続を含めた意味が分かる。そうじゃない?」
「その通りだ」
「私にはまだ思い出さないといけない記憶がある。それはきっと勇利さんに関係すること。今の私が一番知りたいことだもの。確認するけど、ユタは勇利さんではないのよね?」
「私はユタであり空条勇利ではない。空条勇利の記憶を所持しているだけだ」
「ユタに記憶を持たせ制限をかけながらも私の記憶を呼び出そうとしている。こんなこと人間のできる領域を超えてるし、私自身が大いなる存在だとしても回りくどくてこんな条件付はしない。大いなる存在は他にも居る。それがユタを作って命令してる」
「その通りだ。私は観察者という大いなる存在により弥を補助する役割を命じられてここに居る」
 観察者という名に弥は反応する。
「観察者って私の仲間?」
「私の理解の範疇を超えている」
「もしかして観察者が今回の地球崩壊に関与してる?」
「私の理解の範疇を超えている」
「観察者のことに関しては答えられないのね」
「次元が違いすぎる。私には荷が勝ちすぎて答えられない。これは制限云々という話とは別ものだ」
「やっぱりユタからは聞き出せないか。気になるわね、観察者。観察っていうくらいだから今も観察してるんだろうけど、地球の滅びを静観してるくらいだからきっを観察対象者は私ね。まあそれはいいとして、勇利さんとはどんな別れ方をしたんだろ。仲良かったのは分かるんだけどな……」
 否定も肯定もせずユタは弥の隣でじっと座る。考え込む弥はベランダからリビングルームに戻り記憶の手掛かりとなりそうなものを探す。押入れには他の写真もなく、ダメもとでトイレも覗いてみる。しかし、そこには瓦礫が転がっているだけで写真らしきもは見当たらない。
 諦めてリビングへ戻ろうとした瞬間、トイレ内に飾ってあったであろう焦げた花瓶が目に入る。床に転がっているその花瓶には胡蝶蘭の造形がされており、その花の形を見た刹那に純子の記憶が甦る。
「純子さんから貰った花瓶だ。そうだ、純子さんは病気で……」
 それと同時に心が割れんばかりの激痛が胸の奥を走り、弥は堪らずうずくまってしまう。
「葬儀、泣いている勇利さん、泣いている私、抱きかかえた遺影……、でもこの遺影は……この写真は、そんな…………」
 心配そうに背後から見つめるユタに対して、弥は顔を青くし独り言のように呟く。
「思い出した。私がここに居る意味も、地球が崩壊している理由も、何もかも全て……」
 震える弥にユタは何も出来ずいつものようにただじっと見つめる。その瞬きの間に、弥の蒼穹の右目は左目と同じく燃え上がるような真紅へと変化していった。