第32話(side story 27)


 ショッピングモールの中心で繰り広げられる口論により、三人の周りには野次馬が集まり出す。こうなることも圭にとっては織り込み済みだろうと推察する。それと同時に、この怪物に対して有効な手段はなんだろうかと冷静に考える。
 力ずくでも口論でも手強いモンスター。恐らく弱点もなかなか見せずミスも犯さない完璧なタイプ。そんな正攻法が通用しないタイプに、正攻法で向かっても相手の思う壺。そう考えた瞬間、勇利は覚悟を決める。
「分かりました。では慰謝料をお支払いします。淫行条例についてもどうぞ警察に通報するなりして下さい」
「えっ、勇利さん!?」
 思ってもいない勇利の言葉に弥は驚きの声を上げる。
「何を言ってるの? こんな理不尽な要求呑むことなんて……」
「弥さんは黙ってて。慰謝料については家庭裁判所でお話しするとして、淫行条例の方はどうしますか? 今すぐ交番に行きますか?」
 急に物分かりの良くなった勇利を見て勢いのあった圭のトーンがダウンする。
「……空条君は本当にそれでいいんですか? 弥が罪に問われるんですよ?」
「構いませんよ。死刑になる訳でもあるまいし、冷静に考えれば大した問題じゃない。僕は一度大きな絶望を味わっている。それに比べれば今の状況なんて食後のコーヒーくらい気楽なもんですよ。だからどんな無理難題を吹っ掛けられようと単純に一つ一つクリアすればいいだけです。さあ、じゃあ交番にでも行きましょうか?」
「なるほど、自分も含め弥が傷ついたり金銭的な負担が生じようと何でもクリアしてやる、ということですか」
「それなりに修羅場くぐってきてますから」
 覚悟を決めた勇利の目つきを見て圭は微笑み両手を挙げる。
「……負けました。まだお若いのに大した度胸と覚悟です。貴方になら弥を託しても良いでしょう。まあ最初から縁りを戻すつもりなどありませんでしたが」
 あっけらかんと言う圭に弥は唖然とするが、勇利は半分予想通りで納得する。
「やはり、どこまでが本当ですか?」
「ご両親からご住所を教えて頂いた点のみですよ。訪問しても居なかったのでこの辺で一番大きなショッピングモールに出向いてみたら運よく弥を見つけた、という流れです」
「もしかしてご両親も納得の上での脅迫ですか?」
「勿論、こう見えて僕は紳士ですからね」
 本気とも冗談ともとれる圭のセリフを弥は呆然として聞く。トーンダウンした雰囲気を察してか野次馬も散り散りになり勇利も内心ホッとする。
 落ち着いて今回現れた真意を問うと、純粋に弥の無事を確認することと弥の選んだ相手が気になってのことだと言う。それは君島夫妻も気に掛かっていたらしく、彼氏として弥にどこまで本気になれるか圭自身が試してみると買って出たらしい。夫妻からすれば社会人で過去面識もあり娘との付き合いも長かった圭の判断は頼もしくあったに違いない。
 試される形になったことに弥は憤慨するも、勇利はそれだけ娘を大切に想っていることの裏返しだと冷静に考える。聞きたいことを一通り聞き終えると圭は真顔になり、最後にこう言って去って行った。
「弥を泣かせるようなことをしたら、そのときは本気で奪いに来ますからそのつもりで」――――

――思ってもみない一戦に買い物をする気もなくなり、とぼとぼと駐車場を歩いていると弥はポツリと呟く。
「ごめんなさい」
「ん? 何に?」
「過去の私の、男を見る目に」
「あはは、それは少し思った。付き合ったらストレス溜まりそうだし。でも正確には弥さんのせいじゃないさ」
「それにしてもアレはないと思う」
「そう? 弥さんを大切にしたいと想う気持ちは凄く伝わってきたけどね」
「有難迷惑です。私には勇利さんだけ居ればいい。せっかくのデートが台無しだわ」
 不機嫌そうに歩く弥の前に立ちふさがると、勇利は強引に抱きしめ唇を奪う。弥は一瞬驚いた顔をするが、嬉しそうな笑みを浮かべ目を閉じる。濃厚なキスを終えると場所を急遽遊園地に変更し、仕切り直しにとデートの続きをする。弥にとっては遊園地自体も初めての経験となり、すべての遊具を乗り尽くし喜色満面となっていた。
 最後の観覧車内では頂上で唇を交わし、観覧車キスの都市伝説を話すと勇利らしいと笑われる。
「今でも十分幸せだよ」
 そう言って笑う弥の顔は夕日に照らされ、いつもより輝いて見える。いつか二人で眺めた美しい夕日に包まれ心温まる気持ちが湧き起こる中、携帯電話の着信音がムードを濁す。液晶画面にはずっと連絡を取っていなかったホストクラブオーナー神取翔の名が表示されており、この連絡が良いものでないと予想ができる。
 挨拶も程々に翔から飛び出した言葉は勇利の顔色を変える。その様子に弥は心配し通話を終えるとすぐさま内容を問う。その問いに対し勇利は力ない声でポツリと言った。
「純子さんが亡くなった」