第30話(side story 25)


 弥の部屋は生前のまま残されており掃除の行き届いた綺麗な部屋からは、事件後も亡くなった現実を受け止めきれずに今日まで過ごしてきた名残が見える。その反面、手に取った学生時代のアルバムや大切にしていたであろうぬいぐるみを見ても弥は記憶にないと勇利にだけはこっそり伝えた。
 出された緑茶を居間ですすっていると、連絡を受けたであろう父の雄二が息を切らせ現れる。玄関での美佐江と同じような状況になり、涙する雄二を見て弥ももらい泣きしていた。当然ながらそれを見守る美佐江も泣きっぱなしだ。
 その情景を見守りながら勇利は今までに至る経緯を率直に話すか、それとも上手い作り話を展開しスムーズに死亡届書の撤回に持っていくか悩む。しかし、喜んでいる君島夫妻に生まれ変わりで記憶が全くないという話はしづらく、事件で亡くなったとされた弥を酷似した他人だったと説明する。そして、今まで実家に帰って来れなかった点としては、事故によって身元不明のままずっと入院していたと告げた。当然ながらそれにより一部で記憶喪失気味になっているとも添える。
 説明に無理のある部分もあったが、現実問題として弥が目の前におりこれからもずっと居られるとなると、一も二もなく届書の件は快諾される。その日は深夜まで思い出話に花が咲き、弥も自分のことを愛してくれる両親という存在を実感し嬉し涙を何度も浮かべていた。

 翌日、一週間は両親の傍に居てあげたいという弥の案を笑顔で受け入れ一足先に東京へと戻る。病院に向かい純子に実家でのことを説明するとパーフェクトと称賛され笑顔を見せる。掛かる手続きや問題は純子の顧問弁護士が力になると言い、近いうちに実家へ向かわせると約束した。
 話の中で山で出会った弥が両親お墨付きの本人であることを伝えると、奇跡としか言いようがないと純子も語る。勇利もその意見にしか決着点を見い出せず、現実を受け入れ前向きに捉えて行くと決心した。
「ところで、七月の教員採用試験、大丈夫そうなの?」
「大丈夫ですよ。自信ありです」
「そう、一次試験が七月、二次が八月だったかしら?」
「はい、発表は十月ですね」
「私、それを見届けるまで生きてられるのかしら……」
 弱気な発言をする純子を見て勇利は胸を張る。
「大丈夫です。純子さんには奇跡を起こす男こと空条勇利がついてる。身体だって良くなる」
「ふふ、良いニックネームね。その名前に預かって治療頑張ってみるわ」
「それでこそ純子さんです」
 根拠のない言葉に微笑み合いながら純子は窓辺に視線を移す。
「でも安心したわ。勇利に弥さんが帰ってきて。そして、帰って来ても夢を変わらず追ってて」
「教師になる夢は元々先生の意思でしたし、純子さんへの恩返しであるんです。必ず成し遂げますよ」
「いいわねその心意気。勇利のその前向きな意志、見てて力になるわ」
「そう言って頂けるなら光栄です」
「荒れてたホスト時代が懐かしいわね」
「それは禁句ですよ純子さん。意地悪だな~」
 頬を掻きながら抗議し純子は意地悪そうに含み笑いをしていた。

 純子は有言実行で弥の死亡届書の撤回をスムーズに展開させ、あっという間に完了させる。弥と君島夫妻の仲も良好で、娘として週に一回は実家に帰って親孝行をしている。過去の記憶がないのなら、これからたくさん思い出を作れればいいと前向きに捉え、弥自身も躍起になっていた。
 教員採用試験の一次を間近に控えていた勇利だったが、弥が世に認められる存在となり気持ちの部分で強い芯が出来る。不安定なままだと付き合い方も難しく未来のビジョンも描きにくかったが、今となってはそれら問題も全てクリアできた。そして、後は夢である教師に向かって努力するのみとなっている。
 試験勉強の合間に息抜きとテレビを点けると今年の夏について気象予報士が語っている。『今年の夏はエルニーニョ現象もあって冷夏となる見込みです。だだし、南米チリ沖での地震で発生した海底火山の影響もあり~』
 近年になり世界規模で地震が増え、ニュースの通り地球の環境が大きく変動していると感じている。天気予報の通りになると楽観視してはいないものの、暑い中での試験はキツイものがあり勇利も冷夏であって欲しいと願っていた。