第28話(side story 23)


 数年ぶりに顔を合わした純子の顔は少々やつれているものの、漂う気品は相変わらず高く笑顔で二人を迎え入れる。入院の件は真紀に口止めしていたものの、遅かれ早かれ勇利が自分の元へお見舞いに来るだろうと予想していたらしい。
「それにしても、彼女連れで現れるのは予想外だったわ。数年前は彼女なんて絶対作らないって言ってたのに」
「予想外は僕の方です。なんでご病気を隠していたんですか? 水くさいじゃないですか」
「勇利には私ことなんて気にせず一途に夢に向かってほしかったのよ。私は所詮、日の当たる場所に存在できない人間だもの。日陰から太陽のような貴方達をこっそりと見守ることしかできないわ」
 自嘲気味に語る純子を見ながら勇利はホスト時代のことを思い出す。相手の服装や装飾品、バッグの使用感から言葉の端々まで注意して観察し推理する。そうすることで相手の職業から性格を把握し、それに合った立ち回りをしていた勇利だったが純子にはそれが通用しなかった。
 今を以てしてもどんな立場でどのような地位の人間かを判断しきれない。ただ、大きなコネクションを持ち潤沢な資産を持ち合わせていることだけは理解できる。室内に飾られている純白の胡蝶蘭に恐縮しながら、見舞いに買った花束をその隣に置く。
 弥との自己紹介を済ますとソファに座るように勧められ、大学の状況等を報告する。純子は終始嬉しそうに聞いていたが、ずっと押し黙っている弥のことが気に掛かるのか視線を幾度となく向けている。純子の視線を気にしながら登山サークルでの話をしていると、すっと手の平を前に出し会話を止める。
「話を割ってごめんなさいね。勇利の学生生活も気になるし聞いていて楽しいけど、君島さんのことを私は知りたいわ」
「そうですよね。彼女との出会いは……」
「君島さん本人から聞きたいから、二人きりにしてくれないかしら?」
 否応を言わせない強い口調に勇利は従う他なく、弥を気に掛けつつ病室を後にする。純子の考えていることは概ね想像でき、それが勇利を想っての行為だと理解しながらも残された弥のことが心配でならない。病室で二人きりになると純子はおもむろに口を開く。
「遠慮なく端的に言わせてもらうわね。君島さん、貴女は何者? 君島弥は亡くなった勇利の元恋人の教師名。そしてその双二とも言える容貌。何か企みをもってのことかしら?」
 病人とは思えない気迫溢れる問い掛けに弥は気圧されそうになるが、真紀のときと同様にはっきりと答える。
「私は君島弥。勇利さんや純子さんが知っている君島弥ではありませんが、私は私です」
「そう、でも偶然にしては出来過ぎた出会いだと思う。顔も名前も同じだなんて」
「名前は勇利さんが私に付けてくれたんです。記憶を無くしていた私に……」
「記憶? 出会った経緯とか詳しく聞かせて貰えるかしら。横柄と感じるかもしれないけど勇利の後見人として、勇利に相応しい相手かどうか判断させて貰うわ」
 高圧的な問いに負けず劣らず弥も真剣な表情で純子に向かい合う――――

――三十分後、病室のドアが開き弥が目に溜る涙を拭きながら現れる。その姿に慌てて駆け寄るが顔は笑っており、中でどんな話があったのか想像もつかない。純子に呼ばれ病室に入ると弥と同様笑顔で迎えられる。戸惑いながらも堪らず勇利は問い掛ける。
「純子さん、弥さんといったい何を?」
「女同士の秘密の話よ。ねえ、弥さん」
「はい、純子さん」
 快い笑顔で返事をかわす二人を見て、たった数分で親密度が増したことを実感し勇利は首を捻っていた。

 病院を後にするとイルミネーション通りで有名な都内の高層ビルへと車を走らせる。頭の中では告白する言葉がぐるぐると回っており、緊張感は否が応でも増してくる。
 デートスポットとしても有名なビルの屋上に到着すると、並んで夕闇迫る街並みを見下ろす。高校時代に公園で見た夕焼けとそれが重なり、勇利の心には温かいものが込み上げてくる。それと同時に今の弥と初めて出会った時のことも思い出す。
『澄み渡った綺麗な青空。私はこれを見るために生まれてきたのかもしれない』
 そのとき弥の語ったセリフは夕焼けを一緒に見たときと酷似していた。同じ容姿に同じようなセリフ。勇利を一瞬で虜にするには十分すぎる条件と言えた。沈みゆく夕日をしばらく眺めていたが、覚悟を決めると勇利は語り掛ける。
「弥さん、とても綺麗な夕日ですね」
「はい、とても綺麗です」
「僕が昔愛した人は、こんな夕日を一緒に見ながらこう言いました。私はこの夕日を見るために生まれてきたのかもしれない、と。弥さんと川苔山で初めて会ったとき、貴女も同じようなセリフ言った。そのとき僕は確信に似た感情を頂きました。先生が生きて帰ってきたんだと」
 勇利の語る話に弥はじっと耳を傾ける。
「でも、それは違った。僕は弥さんに過去の先生の姿を重ねていたに過ぎなかった。二カ月ちょっとだけど同じ時間を一緒に過ごしていく中で、僕は過去の弥さんではなく今の弥さんを好きになり恋をしました。弥さん、ずっと僕の傍にいて下さい」
 真剣な眼差しで告白する勇利を見て、弥は目に涙を溜め両手を口に当てながら何度も頷く。正面から弥を抱きすくめると勇利は優しく頭を撫でる。今度こそはこの腕の中にある大切な女を守ってみせると固く心で誓いながら。