第27話(side story 22)


 テーブルの正面には当初弥が座っているはずだったが、現在は挙動不審な真紀が座している。勇利の隣に座る弥も突然現れた綺麗な女性に不信感を持っているのか、どこかぎこちない。二人の女性に包囲網を敷かれ身動きの取れない勇利は、どうして良いものか思案しながら味のしない紅茶をすする。
 真紀への説明に、弥への弁明。それがとても複雑怪奇でハードルの高いものだと理解しており頭を悩ませる。冷静に考えれば生前の弥を知っている者が今の弥を見れば驚愕することは必至であり、事件に関わった真紀ならその衝撃は言わずもがなであった。訝しがる真紀はコーヒーを飲み一息吐くと、当然とも言える言葉を切り出してくる。
「積もる話がたくさんあるけど、まず何よりどう見ても、君島先生よね?」
 勇利に聞きつつも、同時に弥本人にも問うており隠しようも無くなる。
「まあ、そういうことになるかな」
「納得のいく説明をして貰いたいんだけど?」
「ああ、その前に園山先輩のことを紹介しないといけない。弥さん、この方は僕の高校時代の先輩で園山真希さん。弥さんの元教え子でもある人だよ」
 勇利の言葉で真紀はある程度の状況を察する。店の入り口で弥と視線が合ったときの無反応さの理由も同時に理解した。
「園山真希さん。初めまして、君島弥です」
 首を垂れ挨拶をする弥に真紀も定型な挨拶を交わし勇利に視線を戻す。
「何となく現状は理解できるけど、正確にはどういうこと?」
「流石先輩、的確な質問ですね。正直言うと僕も分からないんです。端的に言うと奇跡と表現するのが一番しっくりくると思ってます」
「何それ。私が全くしっくり来ないんだけど。ぶっちゃけ普通に考えたら先生本人ではないでしょ? 私の記憶も無いようだし」
 真紀は弥に気を遣いながらも質問を重ねる。
「まあそうなんだけど、見た通り先生が現実に居る。似てる人ってレベルの話でもないと思う。それは先輩も感じるでしょ?」
「それは……」
 促されるように弥を見るが生前の面影と完全に合致しており、その点においては反論の余地がない。どんな言葉を紡ごうか考えあぐねていると、弥の方から真紀に切り出す。
「私は君島弥、ただそれだけ。園山さんや勇利さんの記憶がないのは動かしようのない事実。でも私は君島弥としてここに居る。それが全てだと思っています」
 きっぱりとした口調で断言し、弥は一人涼しい顔で紅茶に口をつける。弥の言動に二人は納得せざるを得ず、この話がこれ以上無意味だとも悟る。腑に落ちないものの話を切り替え、ホスト時代以来数年ぶりに互いの近況を報告する。
 真紀は最近キャバ嬢を辞め春から福祉系の専門学校へ通っていると告げる。誰かさんの影響と嬉しそうに言うが隣の弥は当然ながらあまり良い顔をしていない。流れでお世話になった純子のことに話が及ぶと真紀の表情がさっと曇る。勿論、その表情を勇利は見逃さない。
「純子さんに何かあったのか?」
 問い詰めるような真剣な眼差しを受けて真紀は重たそうに口を開く。
「口止めされてたんだけど、純子さん入院してるの。病名までは聞いてないけど重い病気で先が長くないって笑って言ってたわ」
 真紀の辛そうな表情に勇利は言葉を失う。
「ここで会ったのも何かの縁かも。教えた私は後で怒られるかもしれないけど、空条君は絶対に純子さんに会うべき」
「当たり前だ! 病院はどこ?」
「駅前の中央病院。宮前純子って名前で入院してるわ」
「分かった、ありがとう」
 即座に席を立ち伝票を鷲掴みにすると会計を済ませ店を後にする。突然の行動に弥は驚くが真紀に会釈をして小走りで勇利後を追う。その後ろ姿を真紀は真剣な表情で見送るが、姿が見えなくなると溜め息交じりに苦笑しポツリと呟いた。
「やっぱり先生には叶わない、か……」

 病院までの車中で純子との経緯を手短に話すと弥も重要性をすぐに理解しお見舞いに行くべきだと断言する。花と見舞いの品を用意し病室の前まで来ると弥は立ち止まり勇利の服の袖を引っ張る。
「弥さん?」
「ここから先は勇利さんだけで行って。私が居ると話せないこともあると思うから」
 真紀とのやり取りから微妙な空気を感じ取っていたのか、弥は勇利を気遣う。しかし、それを見越して勇利は切り返す。
「今回恩人でもある純子さんにお見舞いに来たけど、弥さんも僕にとって大事な人だ。大事な恩人に大事な人を紹介するのは大切なことだと僕は思う。純子さんが居なければ、僕と弥さんはこうやって出会えていなかったんだからね」
「さっきみたいに勇利さんを困らせませんか?」
「さっき困ったなんて一度も言ってないよ。もしかして園山先輩に嫉妬してる?」
 図星を突かれたのか弥は照れ臭そうに視線を逸らす。そんな可愛い仕草に勇利の心は温かくなる。
「弥さんに嫉妬されるなんて正直ちょっと嬉しいかな。少し自分に自信なかったから」
「それを言ったら私も同じです。身元不明で訳の分からないこんな私をいつまで傍に置いてくれるのかって不安になります」
「弥さん……」
 戸惑い不安そうな顔を見せる弥に、勇利の胸の鼓動はどんどん早くなって行く。カフェで募った想いを伝えようとしていたことを思い出す反面、病室の前ではバツが悪すぎると思い直す。
「後でちゃんと話したいことがあるので、この話の続きは保留にして下さい。今は純子さんのお見舞いを先にしましょう」
 素直に頷く弥を確認すると勇利は病室のドアをノックした。