第25話(第13話 sequel )


「今の君は、不完全な大いなる存在、とでも言ったところだろう。人間として降臨し大いなる存在としての記憶を失い、人類の滅びと共に再び大いなる存在であったときの記憶が甦り始めている」
 自身の名を君島弥と思い出し、天空より降り立ったことを思い出した弥に対しユタは雄弁に語る。
「まあ普通の人間じゃないのは分かってたけど。そうか、私はもっと次元の違う存在だったのね」
「まだ思い出せていない記憶も、時間と共に思い出していくだろう。君が最初に問うたこと『私は誰?』という回答は、君島弥であり大いなる存在となる」
「なるほど、だから言えなかったのね。大いなる存在として、私は何のために地球に降り立ったの? って聞いても無駄か」
「弥自身で思い出してほしい。それがルール」
「はいはい。でも、思い出す意味や猶予ってある? 現状どう見ても地球の崩壊まっしぐらだと思うんだけど」
 見渡す限り瓦礫で覆われる地平線に黒雲立ち込める空。地下深くから呻き声とも取れる轟音と共に激しい縦揺れの地震が頻発している。異様な光景からしても弥自身が何をどうしようとも崩壊は時間の問題で、何故ここにいるのかという意義すら疑問に感じていた。ユタは佇み悩む弥をじっと見つめていたが、思いついたように踵を返し再び歩き始める。

 倒壊を何とか免れたであろうボロボロのマンションの一室に到着するとユタが説明を始める。
「ここは君が暮らしていたマンションだ」
「ここで暮らしてた……」
 家財道具はほとんど無く、炭化した流木や瓦礫が部屋の隅々に散乱している。思い出の欠片を探すように室内をウロウロしていると、押入れの隅にへばりついた白い小さな紙切れが目につく。屈んで手を伸ばし取り上げるとその紙を確認する。そこには夕日をバックに佇む一人の成人男性の姿が写っている。その横顔を見た瞬間、弥の脳内に鮮烈とも言える衝撃が走る。
「こ、この人は……、この人は、勇利さん!」
 勇利という単語を聞いた瞬間、ユタはさっと足元にやってくる。
「大事な人物を思い出したようだね」
「有り得ないわ、私が勇利さんのことを忘れてたなんて」
「それは仕方ないこと。君は一度リセットされた存在なのだから」
「リセットってどういう意味?」
 唐突に言われたリセットという言葉に反応し視線を向ける。
「空条勇利という単語で制限解除されたので言うが、君は大いなる存在から人間へと姿を変え地球に降臨した。そして、君島弥として空条勇利と会い恋に落ちたのだ。その際にだが、もし降臨後君島弥の身体に何かあった場合、降臨直前の状態に戻るというリカバリーモードを条件付けしていたのだ。ゆえに、君には空条勇利との記憶も無かったのだ」
「勇利さん、恋人。そうだ、私は君島弥として勇利さんとここで暮らしていたんだわ。でも、どんな暮らしをして、どんなことをしてたのかまでは思い出せない。ただ、人類が滅んでいる以上、勇利さんも地球上にはいないのよね?」
「そうなるな」
「どんな最期で、どんな別れ方をしたんだろう。勇利さんが私にとってとても大切な人だって感覚はあるのに、深い部分が思い出せない」
「それについては私が補足しよう」
 ユタはベランダに向かい弥は写真を持ったまま後を追う。赤黒い空を並んで見ながらユタは語る。
「生前、空条勇利と君はこうやって並び、よく空を見上げていた。特に夕日が好きで、その写真も君が撮ったものだ」
「うん、なんとなくそうだと思った。デジャヴあるもの」
 そう言って笑顔を見せる弥を横目にユタは続ける。
「空条勇利は君にとって大切な人であることは心で理解しているだろう。それは空条勇利も同じで君を掛け替えのない存在として愛していた。降臨した君に君島弥という名前を付けたのも空条勇利だしな」
「そうなの?」
「大いなる存在に名前など無かった。そんな君に空条勇利は過去に亡くなった恋人でもある、君島弥の名を付けたのだ。それは君の概観が君島弥と酷似していたからというのもある」
「それは偶然?」
「偶然だろうな。大いなる存在が人型を選択するにあたり、過去に亡くなった人間のデータベースからランダムにチョイスしたのが君島弥だったのだろう。ゆえに酷似と言うより本人だったいうのが正しい」
「つまり今のこの肉体が君島弥でも、記憶は降臨後の部分に限定されるってことね」
「ああ、亡くなった君島弥と、降臨後の君島弥ではDNAが同じでも中身は違う。今の君は後者ゆえ思い出される記憶も最初に案内した山道からになる。あそこは君と空条勇利が初めて出会った場所なのだよ」
 そう言われた瞬間、山道で勇利と出会ったシーンが鮮明に思い起こされる。怪我をして背負われ下山しながら見た空、病院での風景、そしてマンションで飲んだ初めてのコーラ。記憶のフラッシュバックが脳内で高速に展開され弥は目を見開く。
「思い出してきたわ。出会った日も、一緒に暮らした日々も。私の君島弥として人間としての生活もここから始まった」
「うむ、そういうことだ」
「……ねえユタ。一つ聞いても良いかしら?」
「制限内のことならばなんなりと」
「貴方、もしかして勇利さん? いくらなんでも勇利さんついて詳しすぎよ」
 弥の鋭いに問いに対してユタはおもむろに口を開いた。