第24話(side story 20)


 通勤通学で混雑する列車内で揺られながら勇利は自宅に残してきた弥のことを気に掛ける。どうしてもはずせない講義があり仕方なく大学へと赴いているが、昨日の今日で尚且つあの状態の弥を一人にするのは危険だと思う。
 出掛け際に注意事項等は伝えておいたものの、それをしっかり理解しているかは定かでもなく講義が終わり次第今日は素早く帰宅しようと心に決めていた。最寄り駅で下車し改札口を抜けていると、背後から肩を叩きつつ譲が挨拶をしてくる。
「おっす色男、昨日は大丈夫だったか?」
「譲か、ああ、まあな……」
 浮かない表情から譲はただ事ではないとすぐに察知する。
「もしかしてオマエ、助けた女と何かあったのか?」
「相変わらず鋭いな。そうだな、譲には話しておいた方がいいよな」
「おお、なんでも言ってくれ。力になるぞ」
 過去に弥と交わした約束や事件のことは既に告知済みということもあり、勇利は本題から切り出す。歩道を並んで歩きつつ助けた経緯や言動が尋常ではない点、弥ととても似ている点などを挙げて伝えると譲はしっかり考え抜いてからはっきりと意見を述べる。
「人生経験豊富なオマエの観察眼は人並み以上だと思ってる。聞いてる限りその女も害がないと思うしな。だが常識的世間的に考えると身元不明の人間を自宅に住まわせるのは危険だ」
「それは承知してるよ」
「記憶喪失ではない、名前が無いというのもただの狂言って可能性もある。穿った見方をすれば最初からオマエをハメるために先生似に成形し、あの山で待機していた、なんてことだって考えられるからな」
「俺もその可能性は考慮したさ。でも、言動を見る限り演技でもなく嘘を言っている感じは受けない。ホスト経験からも女の嘘を見抜く自信はあるしな」
「ああ、オマエの言う通り観察眼の精度は間違ってないと思う。ただし、君島先生以外には、だがな。おそらく、高校時代にブイブイ言わせた勇利青年も君島先生の前では形無しだったんじゃないか?」
 図星を突かれ勇利は押し黙る。
「誰でもそうだが、本気で好きになった相手には盲目になるし不器用になるもんさ。それが恋愛につき本当だと思うしな。今のオマエは自分自身が思ってるほど冷静になれていない。そう自戒するくらいでちょうどいいと俺は思うぞ。その上で、後の判断はオマエが全て決めればいい。俺は友としてオマエに協力する、ただそれだけだ」
「譲、オマエ……」
「変わった出会い方で、変わった相手であることは聞いて明らかだが、だからと言って他人の恋愛にどうこう言うつもりもない。事件以来女嫌いのオマエが興味を持った女だ。大事な縁にすればいいさ」
 朗らかに笑いながらアドバイスする譲を心強く感じ、勇利は一瞬涙腺が緩みそうなる。譲の言葉で勇利の中で弥への気持ちは固まり、帰宅後にでも直ぐに想いのたけをぶつけたいと強く思う。逸る気持ちを抑えながら賑わう通学路を並んで歩いていた。

 講義を終えると一目散に大学を後にし最速の列車で自宅へと向かう。普段はサークル仲間とゲームをしたり交流を深めるのが通例だったが、今の勇利には弥しか見えていない。昨夜は弥がソファで眠り込んでしまいほとんど話すことなく過ごしたが、覚悟を決めた今日は全てを話した上で弥の意見も聞こうと考えている。
 ドアの鍵を開け足早にリビングルームへと進むと、併設してあるキッチンで料理をする弥の姿が目に入った。予想もしてなかった行動に一瞬固まるが、気を取り直し側に歩み寄ると弥の方から話しかけられる。
「お帰りなさい」
 そう言った弥の瞳の色は昨日と違い、鮮やかな青から日本人らしい茶色に見て取れる。
「た、ただいま。もしかして料理してる?」
「ええ、お世話になってる身だもの。料理だけじゃなく掃除に洗濯も私の役目だと思う」
 瞳の変化や言動に驚く勇利だが、内容以前に話し方が変わっていることが気にかかる。今朝までは他人行儀でぶっきら棒な語り口調だったものが、今現在は女性らしい口調になっているのだ。
 突然の変化に聞きたいことが満載の胸の内が我慢できず、大事な話があるとソファへ誘う。コンロの火を止めると弥は素直に聞き勇利の隣に座る。
「あの、まずいくつか聞きたいんだけど、君の言葉使いが変わったと思うのは気のせいかな?」
「いいえ、言葉使いはさっきテレビを見ていて理解したの。女性の語り口調と男性の語り口調は微妙に違うって感じたから。変かしら?」
「いや、良いと思う。って言うか凄い学習能力だよ。ちなみに料理も?」
「さっきテレビで見た三分でできる料理というのを見て真似てやってたの。実際に三分では出来ないのが腑に落ちないのだけれど」
 本気で悩んでいる姿に吹き出しそうになるが勇利はさらに質問を続ける。
「掃除や洗濯の件はどうやって知った?」
「旅館の女将は働きながら掃除や洗濯もするって、さっきテレビで見たの。働かざる者食うべからずって」
「むっちゃ昼ドラの影響受けてるね。でも、正直助かるかな。料理とか不得意だし」
「まだ勉強不足だけど、これからたくさん覚えて勇利さんの支えになるわね」
 下の名前で且つ『さんづけ』で呼ばれ勇利はドキッとする。しかし、次の言葉でそんな嬉しさも苦笑いへと変わった。
「そして、誰にも恥じることのない大旅館の女将になる!」