第18話（side story 15）
久しぶりに通す制服の袖に新鮮さを感じつつ、通い慣れた通学路を緊張した面持ちで勇利は登校する。前日、純子から連絡を受けた勇利は、文部科学省の職員と名乗る三十代の男性と共に学校に向かった。
その男と教頭を含む三人により応接室で交わされた内容は驚くもので、自身の知らない間に退学が病欠による休学扱いとなり、土日に補習を受けることを条件に三年生への進級が認められるというものであった。あれだけのスキャンダルで校内を騒がし、半年以上も休んでおきながら復学と進級が可能となるとは夢にも思っておらず、勇利は純子の持つ権力が途方もないものだと実感する――――
――ホームルームの最中、担任から病欠からの復学と説明を受けて勇利は改めてクラスメイトに挨拶を交わす。復学においてネックに考えていた自身の過去も、重病による休学という通達が教師間にも行き渡っており、取り立てて騒がれるようなこともない。二年生時の元クラスメイトからは驚いた表情をされるが、三年生となりクラスメイトの面々がほとんど変わったこともあり問題無くクラスに溶け込める。復学をお膳立てしてくれた翔や純子のためにも、何より弥との約束を果たすためにも、勇利は生まれ変わったつもりでここに臨んでいた。
とにかく勉強しかないと決意し問題行動は当然ながら、女関係は完全に遮断し学業一本に絞る。そんな強い決意とは裏腹に、ホスト経験から大人の雰囲気を身につけた勇利を周りの女子生徒はほってはおかず、チラチラと熱い視線が送られていた。
案の定、休憩時間となるとクラスメイトの女子数人が話し掛けてくるが、補習の勉強をさせてほしいと笑顔でやんわりとかわす。ホスト時代の経験から女性の扱いに磨きのかかった勇利にとって、同級生の女子程度を煙に巻くのは容易い。
昼休みも図書室にこもり問題集を解くことに専念する。復学の条件とされた補習と並行して、現在進行中の授業も頭に入れることは難しい。しかし、教職を目指す覚悟を持ったからには後にも引けず勇利は自分を追い込むことで奮起していた。過去それほど勉強熱心でもなかった勇利だが、復学してからは頻繁に職員室を訪れ専門科目の教師へ率先して教わりにも行く。その光景を目の当たりにすると女子生徒たちも段々近寄らなくなり、勉強に集中できる環境が自ずと整っていた。
元クラスメイトで良く話していた智春も復学当初は遊びに誘っていたが、人が変わったようになった勇利に気を遣い距離を取る。勇利にとって今は教師になるという目標だけが全てであり、それ以外の要素は全て除外し、ただひたすらに教科書と向かい合っていた。
クラスメイトとの付き合いもなく一カ月が過ぎた頃、図書室の通い詰めることで毎日来ているメンバーの顔が分かってくる。勇利の勝手な想像になるが、真面目だが人付き合いが苦手で奥手そうな面々だと感じている。その中に黒縁メガネをかけた細身の女子生徒がおり、時たま目が合うと会釈をし合う間柄となっていた。本気を出せばいつでも口説けるような世間擦れしていないような女の子だが、今の勇利に異性は眼中になく気にも止めていない。
一学期の期末テストが終了し夏休みを前日に控え、勇利はふとした疑問を抱く。こうなるまでは考えてもいなかったことだが、夏休み中の図書室の利用が可能かどうか心配になる。家では甘えが出そうなこともあり、可能ならば夏休み中も登校し図書室を利用したいと考えがあった。市営図書館という手もあるが、できれば弥と過ごした学び舎で勉強をしたいという想いがある。
ホームルームを終えると勇利はいつものように図書室に向かう。はしゃぎながら下校していく生徒を尻目に階段を上ると図書室の前に立つ女子生徒が目に入る。勇利に気がついたその女子生徒はいつものように会釈して再び図書室のドアに視線を向けた。その様子からまだ開いていないことが理解できる。女子生徒の隣に立つと勇利はおもむろに話し掛け、女子生徒も普通に対応する。
「ちょっと聞きたいんだけど、終業式の日でも図書室って開くのかな？」
「はい、入学式と卒業式の日以外はだいたい開いてます。去年もそうでしたから」
「なるほど。ちなみに夏休み中も？」
「はい、土日とお盆以外は開いてますよ。普段と違って朝九時から夕方五時までですけど」
朗報を得て一人納得しながら考えていると女子生徒の方から問いかける。
「最近、よく図書室に来ますよね。いつも勉強熱心だなって思って見てます。もしかして志望大学とか絞ってます？」
思いがけない問いに戸惑うが勇利は考えてから答える。
「大学はまだ決めかねてる。ただ、教師を目指してるからその方面に進もうとは思ってるよ」
「教師ですか。立派な夢です。尊敬します」
真顔で語られ勇利も照れてしまう。
「まだまだ勉強不足は否めないけどな。君こそ毎日ここに来てるようだけど？」
「私はただ内申書を上げるために、テストで点数を稼ぐために勉強してるだけです。貴方と違い夢も目標も無い恥ずかしい人間です」
無表情で卑下する生徒を見て勇利は頭を掻く。わりと何を考えているのか分からないタイプの娘で、ホスト時代にも少し苦手とするタイプだ。
「そうなのか。でも、夢がないから恥ずかしいなんてちょっと違うと思う。夢や目標を最初から持ってる人は少ないし、いろんな経験を経て生じたり気づくものだと思う。これからきっと見つかるよ、君に合った夢が」
爽やかな笑顔で語る勇利を見て女子生徒の頬が少し赤らむ。そして、視線を一度廊下に向けると再び勇利を見つめる。
「そうですね。貴方の言う通りだと思います。うん、貴方は教師に向いてる。ベストチョイスです」
「自分ではまだまだそう思えないけどね」
「いえいえ、言葉に説得力がありますもの。教師や政治家、お坊さんとか教祖とかにも向いてるかも」
「きょ、教祖って……、本気で言ってる？」
「冗談ですよ」
「なんだそれ」
苦笑いしながら勇利は突っ込みを入れ、女子生徒も軽やかに切り返す。世間話を織り交ぜながら語り合い、図書室が開くころには互いに笑顔を見せ合う。その女子生徒は会話の最後に思い出したかのように名乗った。
「ごめんなさい。今更ながら私、三浦麻帆（みうらまほ）と言います」
久しぶりに通す制服の袖に新鮮さを感じつつ、通い慣れた通学路を緊張した面持ちで勇利は登校する。前日、純子から連絡を受けた勇利は、文部科学省の職員と名乗る三十代の男性と共に学校に向かった。
その男と教頭を含む三人により応接室で交わされた内容は驚くもので、自身の知らない間に退学が病欠による休学扱いとなり、土日に補習を受けることを条件に三年生への進級が認められるというものであった。あれだけのスキャンダルで校内を騒がし、半年以上も休んでおきながら復学と進級が可能となるとは夢にも思っておらず、勇利は純子の持つ権力が途方もないものだと実感する――――
――ホームルームの最中、担任から病欠からの復学と説明を受けて勇利は改めてクラスメイトに挨拶を交わす。復学においてネックに考えていた自身の過去も、重病による休学という通達が教師間にも行き渡っており、取り立てて騒がれるようなこともない。二年生時の元クラスメイトからは驚いた表情をされるが、三年生となりクラスメイトの面々がほとんど変わったこともあり問題無くクラスに溶け込める。復学をお膳立てしてくれた翔や純子のためにも、何より弥との約束を果たすためにも、勇利は生まれ変わったつもりでここに臨んでいた。
とにかく勉強しかないと決意し問題行動は当然ながら、女関係は完全に遮断し学業一本に絞る。そんな強い決意とは裏腹に、ホスト経験から大人の雰囲気を身につけた勇利を周りの女子生徒はほってはおかず、チラチラと熱い視線が送られていた。
案の定、休憩時間となるとクラスメイトの女子数人が話し掛けてくるが、補習の勉強をさせてほしいと笑顔でやんわりとかわす。ホスト時代の経験から女性の扱いに磨きのかかった勇利にとって、同級生の女子程度を煙に巻くのは容易い。
昼休みも図書室にこもり問題集を解くことに専念する。復学の条件とされた補習と並行して、現在進行中の授業も頭に入れることは難しい。しかし、教職を目指す覚悟を持ったからには後にも引けず勇利は自分を追い込むことで奮起していた。過去それほど勉強熱心でもなかった勇利だが、復学してからは頻繁に職員室を訪れ専門科目の教師へ率先して教わりにも行く。その光景を目の当たりにすると女子生徒たちも段々近寄らなくなり、勉強に集中できる環境が自ずと整っていた。
元クラスメイトで良く話していた智春も復学当初は遊びに誘っていたが、人が変わったようになった勇利に気を遣い距離を取る。勇利にとって今は教師になるという目標だけが全てであり、それ以外の要素は全て除外し、ただひたすらに教科書と向かい合っていた。
クラスメイトとの付き合いもなく一カ月が過ぎた頃、図書室の通い詰めることで毎日来ているメンバーの顔が分かってくる。勇利の勝手な想像になるが、真面目だが人付き合いが苦手で奥手そうな面々だと感じている。その中に黒縁メガネをかけた細身の女子生徒がおり、時たま目が合うと会釈をし合う間柄となっていた。本気を出せばいつでも口説けるような世間擦れしていないような女の子だが、今の勇利に異性は眼中になく気にも止めていない。
一学期の期末テストが終了し夏休みを前日に控え、勇利はふとした疑問を抱く。こうなるまでは考えてもいなかったことだが、夏休み中の図書室の利用が可能かどうか心配になる。家では甘えが出そうなこともあり、可能ならば夏休み中も登校し図書室を利用したいと考えがあった。市営図書館という手もあるが、できれば弥と過ごした学び舎で勉強をしたいという想いがある。
ホームルームを終えると勇利はいつものように図書室に向かう。はしゃぎながら下校していく生徒を尻目に階段を上ると図書室の前に立つ女子生徒が目に入る。勇利に気がついたその女子生徒はいつものように会釈して再び図書室のドアに視線を向けた。その様子からまだ開いていないことが理解できる。女子生徒の隣に立つと勇利はおもむろに話し掛け、女子生徒も普通に対応する。
「ちょっと聞きたいんだけど、終業式の日でも図書室って開くのかな？」
「はい、入学式と卒業式の日以外はだいたい開いてます。去年もそうでしたから」
「なるほど。ちなみに夏休み中も？」
「はい、土日とお盆以外は開いてますよ。普段と違って朝九時から夕方五時までですけど」
朗報を得て一人納得しながら考えていると女子生徒の方から問いかける。
「最近、よく図書室に来ますよね。いつも勉強熱心だなって思って見てます。もしかして志望大学とか絞ってます？」
思いがけない問いに戸惑うが勇利は考えてから答える。
「大学はまだ決めかねてる。ただ、教師を目指してるからその方面に進もうとは思ってるよ」
「教師ですか。立派な夢です。尊敬します」
真顔で語られ勇利も照れてしまう。
「まだまだ勉強不足は否めないけどな。君こそ毎日ここに来てるようだけど？」
「私はただ内申書を上げるために、テストで点数を稼ぐために勉強してるだけです。貴方と違い夢も目標も無い恥ずかしい人間です」
無表情で卑下する生徒を見て勇利は頭を掻く。わりと何を考えているのか分からないタイプの娘で、ホスト時代にも少し苦手とするタイプだ。
「そうなのか。でも、夢がないから恥ずかしいなんてちょっと違うと思う。夢や目標を最初から持ってる人は少ないし、いろんな経験を経て生じたり気づくものだと思う。これからきっと見つかるよ、君に合った夢が」
爽やかな笑顔で語る勇利を見て女子生徒の頬が少し赤らむ。そして、視線を一度廊下に向けると再び勇利を見つめる。
「そうですね。貴方の言う通りだと思います。うん、貴方は教師に向いてる。ベストチョイスです」
「自分ではまだまだそう思えないけどね」
「いえいえ、言葉に説得力がありますもの。教師や政治家、お坊さんとか教祖とかにも向いてるかも」
「きょ、教祖って……、本気で言ってる？」
「冗談ですよ」
「なんだそれ」
苦笑いしながら勇利は突っ込みを入れ、女子生徒も軽やかに切り返す。世間話を織り交ぜながら語り合い、図書室が開くころには互いに笑顔を見せ合う。その女子生徒は会話の最後に思い出したかのように名乗った。
「ごめんなさい。今更ながら私、三浦麻帆（みうらまほ）と言います」
