第16話(side story 13)



「貴方はこんなところに居ていい人じゃない。私と違ってまだやり直しだってきく。だから、教師を目指して再起してほしい」
 豊満な胸で抱きしめられながら勇利は真紀の言葉をじっと聞く。正確に言えば、弥のセリフを真紀が発言したことにより、脳裏に弥との過去がフラッシュバックし思考がフリーズしている。真紀のおかしな行動に周りの客やホストもチラチラと見ている。そこにはちょうど来店したばかりの純子も居た。
「どうか怒らないで聞いてほしい。写真ばら撒き事件の時にも言ったけど、私は先生に直接謝りに行った。そのときに先生から聞いたのよ、勇利君は教師に向いてるって。聞いた当時は絶対あり得ないと思ってたことだけど、今の勇利君を見てると分かる気がする。貴方は他人の痛みの分かる人だわ。じゃないとこんなに苦しんだりはしない。こんな馬鹿な生き方なんてしない」
「その話は、しないでくれ……」
「貴方がこれ以上苦しむことなんてない。責められる謂れだってない。君島先生だって今のような勇利君を望んでないはずよ」
「黙れって言ってるだろうが!」
 堪り兼ねた勇利は真紀をフロアへ突き飛ばす。はずみでグラスやボトルが勢いよく吹っ飛び粉々に割れ落ちる。客に暴力を振るうという暴挙に、陸斗たちも焦りながら間に割って入る。
「優星さん! 何やってるんですか!?」
「こいつを叩き出せ! 金を持ってないわ俺に酔って絡むわで最悪だ!」
「えっ、マジっすか?」
 フロアに倒れ込む真紀は涙を流しながら勇利を見つめる。
「ピンドン入ってますし、警察呼びましょうか?」
 警察と言う単語を聞き冷静さを取り戻し、自身がまだ未成年という立場を危ぶむ。そこへ紫のドレスを着た純子がスッと寄ってくる。
「その娘の支払い、私に回して頂戴」
「純子さん……」
「優星、女性に恥をかかせあまつさえ暴力まで振るうなんて見損なったわ。今日限りで貴方の応援は止めます。陸斗君、今日は貴方が私に着いて下さるかしら?」
 笑みを浮かべ悠然と去って行く純子を、立ち尽くしたまま勇利は見送ることしか出来ない。事態を聞きつけた翔により、厳しい顔つきで謹慎処分を告げられると大人しく店を後にした。

 一週間後の正午、給料日ということもあり翔からの呼び出しを受け重たい足取りで店へと顔を出す。周りのホストからも腫れ物を触るような扱いを受け、ここに自分の居場所はないと確信する。
 翔がフロアに現れると全員がきっちりと挨拶をし、間もなく名前と共に先月の売上額に応じ個々に給料が手渡されて行く。辞めると決めたことにより順位等も興味がなくなり携帯電話をいじりながら勇利は聞き流している。しばらくすると自分の名前が呼ばれるが、ゲームに集中しており全く気づいていない。
「ちょっと、優星さん!」
 陸斗に呼ばれながら肩を叩かれて初めて自分の番が来たことを知る。
「あ、すみません!」
 慌てて翔の前に立つとすぐさま頭にゲンコツが飛んでくる。遅刻やミスを犯したときにも飛んでくるクラブ聖夜の名物であり、それは新人でもナンバー1の蓮夜でも関係ない。
「痛え~」
「呼ばれたらすぐ来い!」
「すいません……」
「給料だ」
「ありがとうございます……、あれ?」
 封筒の厚さがいつもよりかなり薄く、すぐに異変に気がつく。
「オーナー、心なしか少ない気が……」
「あん? そんなの迷惑料に決まってんだろ。客がいる前で客を突き飛ばしたんだ。罰金百万。それと壊れたテーブルやグラスの弁償代等で五十万天引きだ」
「ええー!」
 驚く勇利を見て周りのホストは手を叩いてヤジる。
「いい気味だ! オーナーナイスでーす」
「そうそう、これくらいの制裁がないとな~」
 好き勝手なことを言う背後の集団に腹が立ち睨んでいると翔が怒鳴る。
「静かにしろ! それと皆に報告がある。今日を以て優星はクビにする。クラブ聖夜のメンツを汚したことは大きいからな。皆も以後気をつけて接客するように。優星は俺に部屋に来い、解雇の手続きをする。以上解散」
 突然の解雇宣言に場は一瞬静まり返るが、翔への挨拶を済ますと周りがざわざわし始める。その場に居たたまれなくなった勇利は、翔に言われたように社長室へと足早に向かう。その姿を陸斗も心配そうに見つめていた。

 挨拶をし中に入ると応接セットに座る人物に気がつきドキリとする。そこには黒いスーツを着た純子が座っており、いつもように笑みを湛えていた。
「じゅ、純子さん。こんにちは」
「こんにちは、勇利君」
 本名で呼ばれすぐさまデスクにいる翔を向く。
「おいおい、俺じゃねえよ。純子さんに名前を教えたのは例の客。お前の学校の先輩、園山真紀さんだ」
「えっ? どういうことですか?」
「まあ取りあえず座って純子さんと話せ」
 疑問を感じながらも促されて純子の正面に座る。純子は穏やかに微笑みながら口を開く。
「敢えて源氏名で呼ばせてもらうけど、優星。貴方に出した質問のことは覚えているかしら?」
「はい」
「答えを聞かせて貰いたいところだけど、その前に確認したいことがあるわ。真紀ちゃんから聞いたんだけど、大事な人を亡くしたっていうの本当?」
「……はい」
「じゃあ、その経緯も真紀ちゃんの言っていることで間違いないのね?」
「どのような話を聞いたのかは分りませんが、僕のせいで亡くなったのは確かです」
「なるほど、真紀ちゃんの言う通りだわ」
 そう呟くと純子は満足そうに笑う。相手の意図が読めず言葉に詰まっていると純子はじっと目を見つめ切り出してくる。
「さて、では改めて優星に聞くわ。貴方の命があと一年だとしたら、貴方は何をする?」
 出題されて以降ずっと考えてはいたもののホストを辞めるとなった今、純子との繋がりは無意味となる。しかし、このまま回答を中途半端にして去るのも気持ちがスッキリせず、勇利は向き合う決意する。
「ちなみに純子さんの望む回答であった場合、どうなるんですか? 僕は今日付けで聖夜を辞めるので純子さんのホスト通い卒業撤回は無意味だと思うんですが」
「そうね。じゃあ、もし私の望む回答なら貴方の願いをなんでも一つ叶えてあげる。それでどう?」
 なんでも叶えるという大きな返答に勇利は心底驚く。
「分かりました。逆に、違ってた場合はどうすればいいですか?」
 純子は変わらない笑顔でこう言った。
「私の言うことを何でも一つ、してもらうわ」