第10話(side story 8)



 書店での買い物を済ませ、そのままの流れで夕飯を一緒に取ると、帰りの電車を待つため前回とおなじ待合室に座る。お互いの過去や恋愛観を語っていると時間はあっという間に過ぎ、電車の到着時間が迫る。
「空条君と話してると時間があっという間だわ」
「そうですね、俺も同感です」
 そういうと弥はじっと勇利の目を見つめてくる。ドキッとするが勇利もその視線を正面から受け止める。その視線から両想いとまではいかないまでも、嫌悪感は感じ取れず微かな希望に胸が熱くなっていく。期待と諦めの気持ちを抱えながら見つめていると、弥の口から予想外な言葉が放たれる。
「う~ん、とても女の敵には見えない」
「へ?」
「あはは、ごめんね。いや、ほら、空条君って女性を切っては捨て切っては捨てって噂されてるから。でも、こうやっていろいろ話してみても全然そうは見えないなって思ったのよ」
「コメントのしようがないです」
「そうなんだ、実際のところを知りたかったけどまあいいや。プライバシーに関わるし」
「あの、もし仮に噂通りだったとしたら軽蔑します?」
「そうね、軽くドロップキックしそう」
 過去の女性遍歴を話さないと心に決めつつ回答に苦笑いしていると弥も含み笑いをする。
「冗談よ。これでも空条君より長く生きてるし、その分それなりに他人を見る目も持ってる。貴方は根が綺麗だから、例え今荒れて道に外れた言動を取っていたとしても大丈夫。きっと素敵な大人に成長するわ。私が保証する」
 今まで言われたことのない言葉で自分の人間性を評価され、温かく嬉しい気持ちが胸に拡がる。そして、好きになり尊敬している女性が最高の人物で、自分の見る目に狂いがなかったのだと心底思う。黙ったまま嬉しさを噛み締めていると弥が時計を確認してから口を開く。
「そろそろ電車来るから行きましょう」
「あ、そうですね。急ぎましょう」
 ベンチに手を置き立ち上がろうとした瞬間、弥のスカートを手で押さえてしまい、それに気づかず腰を上げた弥がバランスを崩し勇利に倒れかかってくる。反射的に両手を差し伸べ抱きとめるとすぐに謝る。
「すみません! 大丈夫ですか?」
「あ、う、うん大丈夫……」
 腕の中で返事をする弥は明らかに動揺しており、すぐに目線を逸らす。重心を元に戻し離れて向き合うと勇利は改めて問う。
「すみません、スカートの裾を俺が踏んでたみたいで」
「うん、いいのよ。何もなかったし……」
「なら良かった」
 勇利の優しい言葉を受けて弥は何かを言いそうに口を開くが、きゅっと閉じると黙って待合室の外へと歩いて行く。そして、ドアの前まで行くと振り向き簡単に挨拶だけして足早に去って行った。残された勇利は抱き締めたという行為を今更ながらに実感し、急に顔が赤くなっていく。二人を尾行していた女性はそんな決定的瞬間を恨めしそうな目つきで睨んでいた――――

――翌朝、いつものように教室に入るとクラスメイト全員が勇利を見る。訝しがりながら立っていると、智晴が無理矢理廊下へと引きずり出す。
「おいおい、なんだよ?」
「オマエ、大変なことになってるぞ!?」
「はあ? 一体なんの話だ?」
「君島先生だよ。オマエとデートしている写メが校内にばら撒かれたんだ。さっき、先生も教頭に引っ張られて行ったぞ」
 そう言いながら携帯電話の画面を見せられる。そこには駅の待合室で見つめ合っている写真や、倒れそうになったとき抱き締めた光景が写っており、どう見ても恋人同士にしか見えない。
「オマエが誰と付き合うとか、本来は詮索されるようなことじゃないけど、今回ばかりは相手が悪すぎる。君島先生は男女問わず皆に人気だったからな」
「付き合うって、俺と先生はなんもねえよ。メシ食ったりしただけだし、この写真だって偶然倒れそうなところを支えただけだぞ!」
「そうだとしても、この写メ見て信じるヤツはいないって。オマエの女癖の悪さは周知だしな」
 以前の勇利ならば余裕しゃくしゃくで開き直る場面だが、今回ばかりは焦りが全身に広がっていく。
「それで、君島先生はどうなるんだ?」
「臨時で来ておいて生徒に手を出したとなれば普通解雇だろ?」
 解雇という単語を聞くやいなや、勇利は職員室へと走る。自分のせいで弥が解雇となっては申し訳ないばかりか、ペンダントの件もあって一生頭が上がらない。自分が責任の全てを被る勢いで向かっていると、廊下の曲がり角で弥とばったり鉢合わせになる。
「先生!?」
「あ、空条君、おはよう」
「おはようございます……、じゃなくて、大丈夫だったんですか?」
「大丈夫って?」
「校内に撒かれた写メの件ですよ。教頭に呼ばれたって聞いて」
「ああ、それね。うん、まあ解雇になりました」
 笑顔であっけらかんと言ってのける弥を見てショックを受けるが、頭を切り替えて言い放つ。
「あの写真はともかく、内容については全くのデマだ! 俺が証言すれば覆るかもしれない!」
「まあそうなんだけど、ああやって一緒に居たのは事実だから」
「でも、俺は納得できない!」
 自分の行動が原因で解雇というのも許せないが、何より必死の想いで叶えた教師という夢をこんな形で簡単に終わらせることはできない。
「俺、やっぱり抗議してくる!」
「やめて!」
 駆けようとした刹那、弥は大きな声で引き止める。
「もういいから、もう決まったことだから」
「でも! 教師は大事な夢なんだろ? やっと叶えた夢を簡単に諦めるなよ!」
「ありがとう、空条君。その気持ちだけで嬉しい……」
 弥の申し訳なさそうな笑顔を見ると、言葉を失い勇利は立ち尽くす。そんな勇利の姿に弥は微笑み、正面に立つとそっと唇を重ねる。突然の事で勇利は目を丸くし弥を凝視する。弥は笑顔のまま口を開く。
「私、自分に嘘つけなかった。さっきの写真を見せられて、写真の中で空条君を見つめる自分の横顔を見て再確認したの。私は空条君が好きなんだって。だから教頭先生に問い詰められたときハッキリ言ったの『私は彼を愛してます』って」
「先生……」
「ずるい女でしょ? 写真にかこつけて、勝手に付き合ってることにしちゃって。空条君にとってみたら迷惑千万もいいとこよね。ホント、ごめんなさ……」
 謝る寸前で勇利は言葉を遮るように正面から抱きすくめる。
「俺も、先生が好きだ。これからは俺が先生を守る」
 弥は勇利からの言葉を噛み締めると、そっと両手を腰に回し勇利の胸に額をつける。そして、一言だけ告げると瞳から涙を零した。
「ありがとう」