第1話


 最初は青かった。程なくして紅くなり、そしてずっと黒くなった。程なくと彼女が感じた時間を計ることはできない。計る基準となるものもなければ、そもそも現在の彼女に時間と言う概念すら無いのだから。
 目を開けて見上げた空の変容を特別な感情も持たず眺め続ける。周りのビルは全て倒壊し、彼女が立っているアスファルトの交差点も激しくひび割れ隆起している。うなりを上げる火山と真下から突き上げる振動に揺さぶられながらも、彼女はただ静かに空を見上げていた――――

――空が青かった時。テレビ画面から流れる情報に人々は様々な反応をした。性質の悪い悪戯、季節外れのエイプリルフール、悪夢のクリスマス、待ちに待った終わりの始まり。確認するためにチャンネルを回し、ネットを開き、情報の収集をする。すればするほど、その情報の真偽性は真へと確証に変わり、自暴自棄になる者もいれば静かにそのときを待つ者もいる。
 本来ならばこの時期はクリスマスキャロルが街を流れ、老いも若きもウキウキと心弾み足が地につかないはずであった。しかし、たった一つの衝撃的な発表により人々は暗転へと突き落とされた。

『明日の正午には地球上の生命体は生存できなくなる』

 お堅い国営放送までもがそう放送し始めた頃から、何故という疑問と混乱が人々に蔓延した。ある偉い学者はこう言った。
「軸がね、ブレただけで独楽は簡単に倒れるんですよ」
 他人事のように地球を独楽に例えたそれは、分かりやすく分かりにくかった。ただ、そう表現するしかないくらいの変動が起こるとは誰しもが理解できた。他の惑星への移住という手段が叫ばれて久しかったが、そんな間も与えてくれないのが人生の何たるかを表している。どんなに予測し考えてみても、自然や宇宙の力に比べれば人の力など全く通用しないのだ。

 自然が全てを均一にするのに掛かった時間は半日。人類が誕生して繁栄に費やした時間を遥かに上回る時を駆け、闇はあっと言う間に地球を零へと返して行った。それは人間のみならず他の生物も等しく、どのような環境に居たとしてもその運命から逃れ切ることのできないものだった。地球最古の生命体が小さなプランクトンだと言われているが、それすらも駆逐し後に残った生命体は、比喩的に言えば『地球』だけと言える――――


――見上げる空は、空という形容が似つかわしくないほどの黒雲で覆われており、星も月も何も見られない。目に映る黒煙が何であり、どういう理由で巻き上がっているのかも彼女には理解できない。
 どれだけの時を見上げていたのか、ふと視線を切ると半壊したビルの中から火花を散らした小さな物体が彼女に向かって歩いてくる。彼女はそれを確認するとゆっくりと歩み寄り、目の前にくるとしゃがみ込む。視線が合うと相手の方から口を開く。
「君の問いに答えよう。私はそのために存在している」
いわゆる『子猫』と言われる形をした、精巧に出来たロボットはそう言った。彼女は答える。
「私は誰?」