どうしよう。本当にどうしよう。

「やっちゃった…」

今、私の心の中は後悔の念に押しつぶされてしまいそうだった。何日も前からいろいろ研究してやっとの思いで作ってきたケーキ。それは今日誕生日である勝又君に上げるために持って来たものだった。別に勝又君に頼まれた訳じゃないし、私が勝手にやってる事。それに私は勝又君と特別な関係とかそういう訳でもないから、ケーキを作ってきたというのは、完全な私のお節介なのだけど。それでも、好きな人の誕生日を祝いたいと思うのは仕方がない事だ。だから、頑張って慣れないなりに作って、中でも一番満足した物を選んだというのに。

「…あー…」

地面を見たまま動く事が出来ず固まっていた。何故なら、そこには用意てきた勝又君への誕生日プレゼントがあり、そしてそれは無残にもぐちゃぐちゃになってつぶれてしまっていた。こうなったのは完全に自分が悪かった。登校中、鞄の中から携帯を出そうとしたら一緒に入れてあった勝又君へのプレゼントがふいに落ちて、それに気付かず自分で踏みつぶしてしまったのだ。あの瞬間ほど自分の事が嫌いだと思った事は無かった。折角頑張ったものを、まさか自分で台無しにするとは。ショックすぎて動く事が出来なかった。後悔しても後の祭りだった。

「せっかく…あー…」

多分、勝又君の事だから誰からのプレゼントでも気さくに貰ってくれるだろうと作ってきたのだ。人気者だし、いろんな人が誕生日だから何かをあげると思った。それに便乗して、私の場合は好きの気持ちを込めて一生懸命作ったのに。いや、でもさすがに手作りを皆の前で渡すのは出来ない。それに勝又君を呼びだしたら意味深だし、二人きりになれるチャンスなどない。元々渡す事が無理だったのだ。もう一度言う。無理だったのだ。うん、無理。作ってきてもどうせ渡せないって。無理無理無理。そう自分を必死に思い込ませるが、やはり気持ちは沈んだままだった。早くこれ捨てなくちゃ。道路にこんなのおちてたらポイ捨ても同然だし。最悪だ。折角早めに家を出たのに。もうやだ、今日は一時間目サボろう。こうなったらやけだ、とその無残な姿になったプレゼントを拾おうとした。

「あれ、佐藤?おはよー」

その声に、思わずふり向く。そこには案の定、先ほどまで考えていたその人、勝又君がいた。地面に落ちているそれを見られまいと、隠すように勝又君の前に立った。顔は笑顔を作っているものの、背筋が一気に冷えていくような感覚を覚えた。なんで、今、よりによって勝又君がここに居るの。たしかに通学路は若干重なるねーみたいな話を前にした記憶はあるけど、タイミングが悪すぎる。何も話してないのに泣きそうになりながら必死に笑顔を作った。あーもう、勝又君何も言わずに通り過ぎてお願い!

「おおお、おはよ…!きょっ…今日はいい天気だね!」
「…?」
「こんな天気のいい日には早く学校へ行ったほうがいいんじゃないかな…!」

早くここを去って欲しいがために訳のわからない事を言う私に、不思議そうな表情を見せた勝又君。気付かないで早く行ってと願う私の気持ちをよそに、何故か勝又君の視線が下へ動いた。それにいち早く気付いた私は、それが見えないように咄嗟にしゃがんでそれを隠した。

「なあ佐藤、なんか…」
「なにも!全然!何もないよ!」

窮地、とはまさにこの事だった。なんで気付いたの、私完璧に隠してたと思ったのに!明らかに疑ってますというような表情で私を見た勝又君。だけどすぐに私から視線を逸らして「俺先に行くな」と再び歩き出した。全然食い付きが無くて逆に悲しくすら思ったが、今はそれで有り難かった。何も言うことなく私の隣を通り過ぎた勝又君から、さり気なくそれを隠しながら内心完全に安心していた。…が。

「なんて言うと思ったか!」
「え…わ、っ!」

通り過ぎたと思ったのに、勢いよくこっちに振り返った勝又君。一瞬のことで隠すのが遅れて、勝又君の視線は完全にそのケーキを捉えてしまった。もう手遅れだと分かってるけど、反射的に移動してそれを隠した。が、私は下を向いたまま。勝又君の顔は見れなかった。勝又君は、これを見てこれが何だか分かっただろうか。多分、分かったと思う。だってつぶれたと言っても、それらしくラッピングしたし、勝又君に見えたかどうかは分からないけど「誕生日おめでとう」というメッセージカードも入ってる。あーもう、やだ。泣きたい。自分が惨めに思えて消えたいとまで思った。なんか、折角の日なのにいいことない。

「なあ、それって…」
「ちっ違くて…!いや、違くないけど…!」

どうしていいか分からず、しどろもどろに言葉を告ぐ。だけどうまく言葉にできなくて、尚更自分がみじめに思えて。じわり、涙腺が緩む。やば、泣きそ…

「きょ…今日、勝又君誕生日だからって思った、けど」
「…ん」
「落としちゃっ…」

我慢しきれなかった涙が、静かに頬を伝った。だけど、それと同時に勝又君の手が私の頬に触れた。涙を拭うように、勝又君の手がそっと私の頬をなぞる。びっくりして思わず顔をあげると、目の前にはいつの間にか近づいてきた勝又君がいた。勝又君、と呼んだ声はとても掠れていた。

「これ、何?」
「…ケーキ。潰れ、ちゃったけど」

手が離れると同時に、私の隣を通り過ぎた。ふり向くと、勝又君がぼろぼろのそれをしゃがみながら手に持っていた。目を見開いて思わず勝又君の名前を呼ぶ。勝又君はそれをじっと見つめた後、私を見た。恥ずかしくてみじめで、また涙が出そうだった。だけど勝又君が笑ったから、そうなる事は無かった。

「あのさ、さすがにこれは食えねーけど」
「…ごめん」
「謝んなって。また今度作ってきてくれよ。いつでもいいから」

それを持ったまま、勝又君がすっと立ち上がった。身長が高いから、さっきとは違って少し見あげる形になった。近寄ってきた勝又君に、何故か言葉を返す事が出来なかった。

「こーゆうのは気持ちだろ?」
「…でも、」
「あと、まだ聞いてないし」

何を、と問うほど私は鈍感ではなかった。そうだ、今日は勝又君の誕生日なのだ。そんな日にめそめそ泣き顔ばかり見せているなんて、私はなんて女なんだ。

「おっ…おめでとう、勝又君」

精一杯に笑った表情は、ちゃんとした笑顔だっただろうか。それは分からないけど、私なりに精いっぱいの気持ちを込めて言った。それに対して勝又君はサンキュ、とかっこよく笑ってくれた。いい人だな、勝又君。私が落ちこまないように気を使ってくれたんだ。

「やっぱ、今日こっちから来てよかったわ」
「え?」
「なんでもねー!」

にこり、笑った勝又君の言葉の意味が分からなくて。それでも勝又君が笑ってくれた事が嬉しくて、さっきまでの気持ちが嘘みたいに晴れていった。


つまりは、そういうこと
(佐藤も大概鈍いよな)