桜井先輩は怖いというイメージがあった。けど、それも最初だけだ。いつもつんけんしていてあまり笑った表情を見たことがない。というか、無いかも。見るのはバスケの時の真面目な表情。あと廊下でたまたますれ違った時の無表情。桜井先輩と関わりが全くなかった私が何故ここまで先輩の事を気にしているかと聞かれれば理由は至極簡単だ。単に、先輩のファンだからだ。霞ヶ丘高校のバスケ部はとても強い。全国区で今年のインターハイで全国三位という好成績を残した。私がバスケ部に興味を持ち始めたのはその時から。元々バスケ部には何故か女子のファンが多くて(同じ学年の園田君がどうやらすごく人気らしい)、その中に紛れてみてみようと思ったのだ。それだけ強いなら、その強いチームを見てみたい。好奇心で体育館へ行って、そして一目惚れした。背が高くガタイの良い選手が集まった霞ヶ丘高校バスケ部の中で、周りと比べてしまえばその人はいくらか小さく見えた。だけど、だから私の目を引いた。動きが早く、裁かれるボールを見るのが楽しくすら思えた。まわりより小さいから(それでも身長が低い訳ではないけど)、小回りが利くのかすいすいと相手をよけてパスを回す。いわゆるその人はある意味の司令塔らしかった。金色の髪が靡いて、光に反射して汗が伝うのが見えた。バスケのプレイを見て、そして何よりその真剣な表情を見て。私は桜井先輩に一目惚れしてしまったのだ。

「す、好きなんです…」

そう。一目惚れだ。つまり私の好きな人は桜井先輩な訳である。が、今中庭の端、人通りの少ないところで呼びだされた桜井先輩に想いを伝えているのは私ではない。正確に言えば、私は誰かが告白しているのが聞こえてしまうような距離の所に座り込んでいるのだ。もちろん、木と草の陰であちらからはきっと見えないはず。漫画のように告白の現場に遭遇してしまい、出るにも出れず、だからと言って聞くのは忍びない現状。どうしようとは思うけど、気になってしまうのは人間の性分である。好きな人への告白なら尚更。聞きたいような聞きたくないような…!もし桜井先輩があの人と付き合ったらどうしよう。いや、そもそももう彼女がいるかもしれない。私が知らないだけで…。なるべく聞かないように、だけど本心では気になっているからか自然と聞き耳を立ててしまう。断って、なんて、人の不幸を祈る私は最低だ。

「…ああ」

せ、先輩が口を開いた!なんて言うんだろう。ドキドキ、心臓が音を立て始める。なんていうの、先輩…!

「菅谷」
「…え」
「盗み聞きは良くないな」
「ひっ…!」

あとちょっと、先輩が答えを出すまでほんの少しだったのに、後ろから聞こえた声に注意を促されて思わずふり向いた。そこに居たのは同じクラスの園田君で、思わず体を硬直させた。そ、園田君…!なんでここに、っていうか…
み、みられた…!

「ち、違うんです本当に!たまたま通りかかっただけで!」
「でも聞いてたんだろ?」
「きっ…いてましたけど、不可効力って言うか…!」

聞きたくて聞いてたわけじゃないんです!ま、まあ聞きたくないのかと言われたら何とも言えないけど…ああもう、何を言っても言い訳にしか聞こえない。違うんです、と馬鹿の一つ覚えみたいに何度も言う。

「園田?」
「桜井さん」
「…!」
「何してんだ?」

今度こそ、本当の意味で体が固まった。ふと聞こえてきた声に反応して園田君が呼んだ名前は、まさしく私の意中に居たその人だったからだ。ちょっとまって。桜井先輩がここに居るって事はもうあの人に返事を…っていうか、えっ?桜井先輩今近くに居るの!?は、話せる距離に?嘘…!

「そそそそ、その…そのその…!」
「何だこいつ?」
「ぎゃーっ!本物ー!」
「菅谷…」

テンションが上がって混乱して、思わず園田君の陰に隠れた。はあ、と園田君がため息をつくのが聞こえた。ななな、何だって桜井先輩がこっちに…!いや園田君が見えたからだろうなあって事は分かってるんだけど、なんていうか、好きで憧れてた自分にとって一種のアイドルみたいな人がいきなり近付いて声をかけてくれば、それは私にとっては一大事。目が泳いで、顔が赤いのが分かる。たたた大変だ、桜井先輩が目の前にいる、すごく近い…!

「…何だ?」
「あああ、あの…そ、園田君…!」
「菅谷、落ち着いて」

園田君の制服にしがみついて、あわあわと慌てているだけの私を、園田君が見限ったようにべりっと剥がした。わ、と驚く暇もなく体を押される。状況がどうなっているか全然理解できていないまま、あれよあれよと動かされ、そして目の前には…

「さっ…!ぎゃーっ桜井先輩!」
「…あ?」
「そ、そそそ園田君離し…はは、離し…!」
「菅谷落ち着いて、はい深呼吸」

ぽんぽん、と背中を叩かれて、その言葉に素直に従ってすーはーとゆっくり息をした。そしてもう一度園田君の手が背中に軽く触れて、やっと少しだけ落ち着いた。それでも桜井先輩の目の前にいるおかげで緊張が溶ける訳ではなかった。園田君何してくれてるんだと思いながら目は桜井先輩をなるべく捉えないように泳がせたまま。

「桜井さん、この人は菅谷奈々美。二年で俺と同じクラスです」
「…おう?」
「前言ってたの、この子の事ですよ」

園田君がぺらぺらと何かを話している。けど、何を言ってるか理解できない。いや、園田君の事が全く理解できないと言った方が正しいかもしれない。何で私紹介されてるの。園田君何言ってるの本当、ていうかこの前言ってたって…?

「ああ、あいつな!お前が菅谷か!」
「え…え?」
「俺、お前と話してみたいと思ってたんだよ」
「え…え、…え!?」
「なあ園田、菅谷借りるな!」
「どうぞどうぞ」

めまぐるしい展開に頭がついていかない。ぐいっと手が引っ張られて…手、手を引っ張られて?誰に?…桜井先輩に?ななな、なんでえ!?と思いつつとりあえず引っ張られるままに足を動かした。え、何で?何で何で?て言うか先輩手触ってますヒイイ!バクバクと心臓が脈を打って、体があついのが分かって尚更恥ずかしい気持ちになった。あれよあれよと言う間に連れて来られたのはいつもバスケ部が練習している体育館だった。

「なあ、お前いつも見に来てるよな!」
「え…えええ、ええっと…」
「好きなんだろ?」

ドクン、と心臓が大きく鳴った。す、好きって…!ばれてる、桜井先輩に私の気持ちばれてる!どどどうしよう!ここで拒否したら嘘をつく事になるし本当に好きだから嘘は言いたくないけど、でもさっきの人がもし振られたんなら本当の事も言えない…!何故こんな状況に、とはまだ理解できていないけど、考えに考えた末、よし言ってしまおうととりあえず決心する。はい、と返事をするだけだ。声が震えないように、ドキドキを抑えながら先輩の目を見た。また体があつくなったような気がした。こんなに近くで見たの、目があったの初めてだ。

「す…好きです」
「…や、っぱな!楽しいもんな」

バスケ!と楽しそうに言った先輩に、一瞬表情ごと体が固まった。え…な、何…バス…

「バスケ…?」
「おー。おまえの事よく見るって園田に言ったら、バスケ好きって」

見に来る女は大抵園田狙いなのに、珍しいな!
嬉しそうに笑う桜井先輩の言葉がグサグサと心臓に刺さった。はい、バスケは好きです。でも詳しくは、バスケをしてる桜井先輩が好きです。園田君狙いではないです。桜井先輩狙いです。多分純粋に女子がバスケを好きでいてくれる事が嬉しいのだと思う。いや、最初はそうだったよ。強いバスケがどんな風なのか、見ていればすごくて好きだなあって思ったけど、それも桜井先輩がやっているからで。不純な気持ちちょっとあります。…っていうか私が決心して言った好きと、桜井先輩の好きの対象って…

「またいつでも見に来いよ」

やっぱり、違った。私一人の勘違いだと知って途端に羞恥心が襲ってくる。私何一人ではしゃいでんの。一人で舞い上がっちゃって本当馬鹿じゃん!と、思いつつも。桜井先輩と話せている事とか、目の前に居る事とか。名前を呼んでくれた事とか、話してみたいって言ってくれた事。練習の合間に私を視界に入れてくれてた事、また見に来いよって言ってくれた事。全部が嬉しくて、そう言う意味でも顔があつくなった。う、嬉しいなあ…恥ずかしいけど、嬉しい。ていうか園田君、なんか分かんないけどありがとう…!

「じゃあ、授業始まるからまた…」
「あ、あの…!」

去ろうとした桜井先輩を咄嗟に引きとめた。ん?と私を見る先輩にまたドクンと心臓が鳴った。また目があってドキドキ。ほんと、かっこいいなあ。桜井先輩、話してみてもいい人だったし。ますます、好きだなあ。

「さっきの…こ、告白…女の人の…」
「…は!?」
「ちちち、違うんです!たまたま、本当にたまたま通りかかっただけで!」
「見てたのか…」
「す…すみません、本当偶然で…でもどうしても聞きたくて」

そりゃあ先輩が聞けば、先輩は告白される側だけど、盗み見されていたと言われていい気分になる訳がない。そんなのよくよく考えてみれば分かる事なのに、どうしても聞きたかった。

「あの…付き合ったんですか」

先輩にとっては、お前に関係ないだろ、って話だろう。でもどうしても、どうしても聞きたくて。半分涙目になりながら(羞恥心とかもろもろ)、先輩の目を見て聞く。驚いたように目を開けて私を見た先輩に、少しだけ疑問を抱きながら返ってくる答えが怖くてぎゅっと手を握った。私何聞いてるの馴れ馴れしい最低…でも気になる…!

「いや…の前に俺が告られた訳じゃねーし…」
「…え」
「園田に好きって伝えてくださいって」

よくある事なんだよ、と何でもないように言った桜井先輩に、は、と思わず声を漏らした。ちょっとまって…っていうことは、また私の勘違い!?さっきまでの自分の言動を思い出して再び羞恥心が蘇った。また、また…!?っていうか本当に私、失礼すぎじゃんさっきから!しかも勘違いばっかりだし!あーもう、やだやだ!恥ずかしさやらなんやらでいても立ってもいられなくなって、すみませんありがとうございました!と勢いよく頭を下げてそう言い放ち、地を強く蹴って駆けだした。おい、と桜井先輩の声を背に受けながら、足早に教室に戻った。


ほ て り


ビビった…俺が言われたのかと思った…いや、分かってんだ!バスケが好きって言ったのは分かってんだよ、俺が聞いたんだし!でも、あんなマジになって俺の目を見て言うからそう思っちまったんだよ…ビビった…。あー、あんなマジになって言うからマジビビった。…あー、ビビった