学園マーメイド


だから兄がこの世から去っても水泳からは目を背けなかった。
あそこだけが私が生きていい場所、息を、呼吸をしていい場所。
水泳は兄との繋がりで、そして生きる理由だった。


「あたしにとって、兄さんは全てだった。居場所なんてなかったあの家に、居場所を与えてくれた。……冗談なんかじゃなく、兄さんはあたしの光だった」


水の中に入れば、兄を感じられる。
水の中に入れば、兄が笑ってくれる。
そう思えた。
だから、今日の今日まで泳ぎ続け、生き続けている。



――――『蒼乃!ああ、こんな所にいたの』
――――『…………(お兄ちゃんだ)』
――――『どうした?家に帰ろうよ』
――――『…………(いいのかな、帰っても)』
――――『お父さんとお母さんになんか言われたの?』
――――『…………(あんな子供引き取るんじゃなかったって、お父さん言ってた)』
――――『ねえ、ここは寒いよ。家に帰って一緒にココアでも飲もう』
――――『……帰っていいの?』
――――『どうして?家族だろう?』



“家族”だと、言ってくれた。
“家族”だと、笑ってくれた。
それだけで此処にいてもいいんだと、そう言われている気がした。
ふ、と息を吐いて吸い込む。
生ぬるい空気が喉を通過して肺に循環する。


「そんな人がこの世界から消えたのが信じられなかった、信じたくなかった。だから、陸嵩が言ってた通り。過去からも、兄からも雪ちゃんからも逃げてたんだ」
「うん」
「受け止めてなんかいなかった」
「うん」


もう一度、今度は大きく息を吸い込んでみる。
やはり生ぬるい空気が入り込んだ。


「でも、もう大丈夫!兄さんがいなくなったこの世界で、ちゃんと生きていける。ちゃんと、笑顔で生きていける」


胸底に落ちる重たい気持ちをぐっと堪えて笑ってみる。
この青空の中、貴方が笑ってくれている気がするから。