先ほどの事を思い出し、顔が緩んだ。
それを和解と取ったのか、隣で安堵の溜息が聞こえてきた。
「……聞いたんだよね、あたしの過去」
「あ、ああ、うん」
その言葉に今度は罰悪そうな声。
困らせるために言ったのではないから、ちょっと申し訳ない気もしたが敢えて誤解を解かずに続ける。
「あたしが水泳を始めた理由は、兄さんにあるんだ」
「うん」
「幼稚園の頃、初めて市民プールに連れてって貰った事があるんだ。その時に初めとは思えないくらい上手に泳いだみたい。それを兄が見て大喜びしてさ」
その頃の記憶は薄い。
だが兄が喜んで褒めてくれたことは未だにはっきりと覚えている。
義父でも義母でもなく、一番に喜んで一番に褒めてくれたのは兄だった。
「それがすっごく嬉しかった。もっと兄さんに褒められたいって、そう思って水泳を始めた」
続けているうちに、それは私の中で誇りになった。
生きていく理由になった。
―――『蒼乃はすごい!いつかオリンピックにでれる水泳選手になれるかも』
励ましてくれる人、この人のために頑張ろうと思える感情がある。
それだけで幸せだった。



