それを紛らわそうとしたのか、わざとらしい咳を一つすると同じようにわざとらしい笑顔を見せた。
「話は?もう終わったの?」
「うん」
「そっか」
陸嵩は今度こそ本当に優しい笑みを浮かべて頷いた。
あの後、体を抱きしめてもらっているまま、雪兎は“俺の事憎んでないか?”と消え入りそうな声で呟いた。
声が微かに震えていた。
『……憎んだこと、ない』
そう言うと彼は慌てたように、体を離し瞳を見つめてきた。
『俺の事を気遣って言ってないか?……憎んでて当然だろ』
彼は自分自身に言い聞かせるかのようにそう言うと、瞳をぎゅっと瞑った。
ああ、やっぱりこの人は苦しんだ。私が苦しめていた。
だけど本当の事だった。
雪兎を憎んだことは一度もなかった。“憎む”感情よりも先に、嫌われてしまうのではないかと言う恐怖のほうが強かったのだ。
あの頃は兄の世界にいた唯一の友達が彼だったから。
“自分が兄を殺した”と言う事でもう二度と此方を向いてくれないのではないか、それが怖くて、怖くて。
雪兎が引っ越したのを機に、私は彼を過去の人間として扱うことを決めた。
過去の人間なら“嫌い”だと思ってないだろうから。
『本当だよ。雪ちゃんを憎しみの対象としてみたことは一度もない』
真剣な眼差しを向けて言うと、彼はゆっくりと瞳を開き、此方の瞳を覗いた。
向き合う事が怖かった。今の貴方は過去の人間じゃない、今を生きる人間だったから。
その人から“嫌いだ”と告げられるのが怖くて、過去からも逃げていた。
雪兎は再び瞳を涙で濡らすと、鼻で笑った。



