屋上のコンクリートにぽたり、ぽたり、と汗が落ちてはしみを作った。
そして後ろから荒い息遣いが聞こえたとき、今日こそは逃げられないんだと確信した。


「蒼乃…っはぁ、…は」


荒い息を吐く雪兎と、その後ろから遅れてやってきた陸嵩。
出来れば陸嵩には此処にいてもらいたくない。
私の過去に触れて欲しくない。
過去、それは私そのものであり、そして雪兎そのもの。


「蒼乃?それにラビ先輩も、どうしたんだよ」


あれだけ走ったのに荒い息一つしない陸嵩が困惑の表情で此方を見た。


「…………」
「…………」


お互いその質問には無言。
外の空気はこんなにも蒸し暑くて息を吸うもやっとなのに、心と頭はひんやりと冷え切っていた。
私は雪兎の瞳を逸らさず見つめると、小さく深呼吸を繰り返す。
呼吸が落ち着いてくる。


「蒼乃」
「……何度言わせれば気が済むの?」


落ち着いた声で言い払うと、雪兎の瞳がぐらりと揺れる。
床に視線を落とすと拳を握って再び此方を見た。


「9月6日、午後3時」


びくり、と今度は此方が瞳を揺らし肩も同様に揺れた。
ドクリドクリと、脈が体中に響き始め、心臓が耳にあるのではなかと思うくらい大きな音が聞こえる。
両手が微々に震え始めたのに気付いていたが、それを隠すように後ろに手を回した。


「その日、ゆ」
「黙れ!」


やめて、やめて。
聞きたくない、聞いたら確実に扉が開いてしまう。
心の奥にしまっていたあの思い出が色鮮やかにペイントされ、私の心から出てしまう。
そうしたら私は立っていられなくなる。
足元の道は音を立てて崩れ落ち、どん底の真っ暗な闇へと落とされてしまう。
お願いだから、言わないで。
お願いだから、私を、あの人を呼ばないで。