知り合いだろうか、それともクラスか学年が同じ人だろうか。
考えれば考えるほど首をかしげるばかり。
「園田蒼乃、だよな」
「まあ」
「マーメイドって呼ばれてる」
「…はあ、まあ」
どうやらそっちは私の事を知っているらしい。
まあ、水泳部の一件と言えばある意味有名だ。
知っていてもおかしくはない、か。
少し胸の奥底が軋む音がしたが、それを無視してぽつりと呟く。
「……つかだ、ゆきと」
「あ、…橋本(はしもと)雪兎だったら?」
はしもとゆきと、苗字が変わっただけなのに今度はどこか脳に引っかかる。
なんだ、このつっかえの居た堪れない感じ。
今すぐこの場所から逃げ出したいような気持ちにさせる。
橋本雪兎…、橋本雪兎。
―――『嘘だろ、なあ!どうしてだよ!なんで、なんでこんな!』
脳裏で幼い叫び声がした瞬間、まるで閉ざされていた扉がガラガラと音を立てて崩れていくような感覚に襲われた。
曇っていた視界が見え始める。
それはセピア色がカラーに変わる瞬間みたいに綺麗なものではないく、カラーにたくさんの色を加えて真っ黒にしていくような感じだった。
塞ぎこんでいた扉の奥でうごめいている無数の悲鳴が一気に押し寄せてくる。
そして“橋本雪兎”、その名前がそこから飛び出し脳の中をぐちゃぐちゃにかき乱していく。
真っ暗になる、何も考えられなくなる、目の前の状況から逃げ出したくなる。
そのうち吐き気を催すだろう。
体が硬直して、一瞬でも彼から瞳を逸らすことができなかったがハッと我に返る。
この人に関わりたくない。
そう思うや否や、体が彼に背を向けて走り出した。



