「……っ!」
男は私と目が合った瞬間、瞳を広げ口元を押さえて小刻みに息をした。
ダンダンダン、腕に抱えたボールが床へと落下し何度もバウンドする。
それは緊迫したような息の呑み方だった。
明らかに私に原因があると言う行動に、自分はどう対処していいのか分からずに頭上にハテナマークを並べていた。
何か言ったほうがいいのだろうか。
しかし何を?
“具合でも悪いんですか?”、“私の顔に何かついていますか?”…うーん。
上手い言葉が出てこない。
「…………」
「…………」
お互い目を合わせたまま黙りこくる。
傍から見ればとても奇妙な光景だろう。
しょうがない、此処は何もなかった事にして静かに背を向ければいい。
それを実行しようと踵を翻そうとする。
「あ、待って!」
だが行動を止めたのは男の声だった。
「何か?」
少しバランスを崩しながら答えると、男は先ほどよりも落ち着いた声を出した。
「塚田雪兎(つかだゆきと)の名前に…、聞き覚えはないか?」
「……つかだ、ゆきと?」
口で1回、脳内で1回呟いてみる。
だがピンっとこない。
もともと人の名前を覚えるのは苦手な方だ。コーチの苗字さえ未だ覚えられない。



