やっと落ち着いてきた心臓の音がまたたく間に高鳴る。
「……っ!」
急いで立ち上がり、洋式トイレの便座に手をかけた。
途端に胃から押し寄せる不快感。それに眉を寄せると、嘔吐した。
食道を広げ、喉を押し上げてくる物体に瞳から涙が零れ落ちる。
「げほっ…、えほっ……げぇ」
――ああ、やってしまった。
脳裏に浮かぶあの光景を思い出すだけで、これだ。
気持ち悪い、気持ち悪い。
もう何も意味のないあの“家族”に自分はいつまで縛れていなければいけないのだろう。
頼むから、私を魚にさせてください。
暫く便座に手をかけてまま放心していた。
背中に暖かい感触を感じなければ、ずっとそのままの状態でいただろう。
それに気がつき、背中を摩ってくれる手に安心感を抱き瞳を閉じた。
その手が誰かなのかは分かっていたが、あえて何も言わなかった。
相手も何も言ってくれないのが幸いだった。
「…これから授業ある?」
その低音の声に首を振る。
「俺も。今日は部活休んで、寮に帰ろう?」
送るから、と優しい声が聞こえ頷いた。
部活を休むと言う事は、水泳をしないと言う事で。
その為に生きている自分の価値が奪われてしまいそうで怖かったが、この状況で泳いだところで結果は見えている。
陸嵩の支えを頼りに立ち上がり、情けない足取りのままトイレを後にした。
鞄を取りにわざわざ私の教室まで行ってくれた時も、寮に帰る時も、彼は一言も無駄な話はしなかった。
たまに歩けるか、大丈夫かの確認を取るだけ。
だが此方にしてみればそれが有難い。
何も言いたくはない、と言うより話せる具合ではない。



