「位置について…、」
負けたくない。
何が何でも負けはしない。
「用意…、」
たった一つの私の生きる道を、ここで潰されたくはない。
――――パァン!
銃声がグラウンドに響き渡ったと同時に走り出した。
心臓は絶えずバクバクと上下し、脳では負けたくないと繰り返し呪文のように唱える。
前を見て一直線に走る。
水の中と違って足を蹴るたびに重力をひしひしと感じ、重く圧し掛かる。
息も苦しくなり、焦りも募る。
焦り、それはバンビの背中が見えたからだ。
まだ走ってちょっと、それなのにバンビの背中が見えると言う事は少なからず差が生まれている。
さすがは陸上部期待のルーキーだ。
苦しい、負けたくない、苦しい。
がむしゃらに足を動かした。腕を振ってなんとか彼の背中に追いつこうと思った。
だけど、追いつけない。
――――無理だよ、もうだめだ。
心の中で誰かが呟く。
その声を私は振り払った。
――――じゃあ諦めていいの?
唯一の息の出来る場所を、生きている意味を簡単に放り投げていいのか。
なんの為にここまで耐えてきたのか。
なんの為に家まで出て寮に入ったのか。
水泳をする為じゃなかったのか、蒼乃!
「は、…はぁ…は、…そうだ、はぁ、ぞ…」
諦めはしない。
負けはしない。
許さない、生きるための理由を奪い取るなんて。
絶対、水泳だけは誰にも奪わせてたまるものか。
投げ出したりするものか!



